兄弟 【Part1 いかにして育てるか】

普段テレビドラマなどまず見ない私が、5日連続でかじりついて見たドラマが終わった。
11月17日から放映された「弟」(石原慎太郎原作)。
石原裕次郎のファンでもないし、その全盛期も知らない私だが、この、日本でも超有名な兄弟がいかにして育ち、どんな人生を送ったか、ということは何年前だったか、原作が出たときから興味があった。
なぜ興味があるかというと、男の子二人を育てるうえで、いつもその育て方を模索しているからだ。
原作は、当時本屋でむさぼるようにして読んだものだ。しかし、読みすすめていくうちに「やっぱり買うのはやめよう」と思った。
日本のケネディ家みたいな家の話は「しょせん、庶民には参考にならないわ」なんて思ったからだ。

しかし、ドラマは夢中で見てしまった。ドラマだから誇張もあるだろうが、よくできたものだったと思う。
私のように、普段見ないけど見たという人がたくさんいたのか、5日間連続視聴率20%以上という快挙を成し遂げたようだ。

男の子というものは、母親にとって全く未知なる存在、違う生き物のようである。
女にはどうしてもその生態が理解できない部分がある。例をあげるとキリがない。「なぜズボンのポケットからあのように奇っ怪なものが次々と出てくるのか」「なぜ学校での出来事を逐一言わないのか」「なぜしょっちゅう取っ組みあってじゃれているのか」「なぜ私より背が低いのに私より足が大きいのか」……(これは違うか)
そのような「生き物」を幸か不幸か二人も授かってしまい、その育て方についてはいまだ試行錯誤の連続である。

結婚まもない頃、姑と一緒に入院中の実家の母を見舞ったときのこと。病院の廊下で偶然、私の従姉とすれ違った。彼女は5才と2才の男の子を連れていた。姑は、私が従姉を紹介するとにこやかに挨拶したが、彼女たちと別れたあとこう言い放った。
「男の子二人の子育ては一番難しい。母親の力量が問われるっ!」
何だかその言い方は気分良くなかった。「私の従姉のことをそんなふうに言わなくていいじゃない」と思った。まさか5年後に自分が力量を問われる立場になるなど想像もできなかった。
今、姑は私のことを「お手並み拝見」と思っているに違いない。「あなたの息子よりずっと立派な人間に育ててみせるワ」と心に誓っている。(だ~いじょうぶ?)

さて、そういう私に対して、実母の意見はこうだった。
「とにかくお兄ちゃんを優遇しなさい。何でもお兄ちゃんのほうが上、と位置付けなさい。そうすることによって弟は兄を敬うようになるし、そんな弟を兄は可愛いと思うようになるのよ」
母によると、兄弟は長じて仲が悪くなる場合が、えてしてあるという。世界でたった二人の兄弟なのだから、とにかく仲良く育ってほしい、と願っていたようだ。
当時30才だった私は、この意見に反発した。「どうして?そんなことしたら、弟は『兄ばかり可愛がられて自分は差別されてる』って思うじゃない。そしたら兄を敬うことなんてなく、仲悪くなるわよ、兄弟は平等であるべきよ」
「でもママはいろいろ見てきて、やっぱり長男をたてて育てた兄弟ほど、大人になって上手くいってることが多いのよ」
今では遺言となってしまった母の言葉だが、私は当時どうしてもそれに同意できなかった。そして意識的に長男をたてるようなことはしなかったと思う。しかしこの母の意見というのはボディブローのようにじわじわと効いているかもしれない。
(ドラマでは、兄、慎太郎氏は父亡き後「石原家の家長」として扱われていた)

母親としてはやはり、長男に比べてどうしても弱い立場の次男の肩を持つことが多い。例の従姉が、私が次男を出産したときに言った。「絶対、下の子のほうがかわいいと思うようになるわよ」この言葉の意味が最近わかってきた。
次男は外でどんな顔をしていようと、我が家では常に最年少。つい、いつまでも赤ちゃん扱いしてしまうのだ。
今夏、長男が私の背を越えたときに次男は必死で背伸びして、「ほら、ボクもこんなに大きくなったよ」と言った。それでも私よりまだまだ小さいが。そんな次男に私は「いい~の!あなたは大きくならなくても。このままでいいの!」とほっぺを思いきりなでなでしてしまう。

彼らが幼い頃、よく私に聞いた。
「ねえ、ママ。ママはぼくらのどっちのほうが好き?
「どっちも好き」
「でもホントはどっち?ねえ、絶対怒らないから教えて」
「だからどっちも好きだってば」
「でもさあ、本当はどっちかが好きでしょ、ねえ、教えてよ。怒らないからさ~」
だから、どっちも好きなんだって。たった二人しかいない子どもに優劣などつけられません。(5、6人いたら多少の好き嫌いはあったかもしれないけどね…)
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# by gbsatomi | 2004-11-25 17:59 | DIARY

Voice Changer

さて、不肖わたくしがこのブログを始めて1ヶ月半。「ブログ」の定義などあまり考えずに勢いで始めてしまった感があるものの、こんな拙いものでも毎日見てくださる方々がいらっしゃる、というとは本当にありがたいことである。

なぜ、「いらっしゃる」とわかるかというと、管理者ページに「訪問者数」というものがカウントされているからだ。1アクセス1回ではなく、1台のPCにつき1回とカウントされるらしい。
だから、同じPCから何度アクセスしても、訪問回数は「1」となる。ちなみに、どなたがいらしたか、ということは全くわかりません。だから安心して(?)いらしてくださいませ。

前に、ある掲示板で「ブログは究極の自己顕示」と書いてあるのを見て、うーん、と考えてしまった。まあ、たしかにHPほどは人のお役に立たない。というよりは・・・「全く役に立ってない」に等しいなぁ。だって、私の場合は、自分の思いのたけや、体験したことなどをずらずら綴ってるだけなんだもん。

そう思うと、やはり読んでくださる方に対して、ただの自分の日常をずらずらと書き連ねるだけでは失礼だと思うし、せっかくこういう、自分の考えを発信する場を与えられているのだから、できれば建設的な意見や文章を書いてみたい。願わくば読んでくださった方に「なるほど~」とか「ふむふむ」なんて思ってもらえるようにしたい、少なくとも「ちぇっ!こんな文章読むんじゃなかった」なんて思われないようなものにしたい・・・・・・とは考えているのです、一応。

で、すみませんが以上が今日の長~い前置き&いいわけです。
というのは、この1週間というものの、風邪による体調不良でどうしようもありません。
いくつか、「ブログ用のネタになる」と思ったものを書き溜めているのですが、どうにも上手くまとめられないので、ごめんなさい、今日は「風邪ひきさん日記」にさせてくださいm(__)m

というわけで、「風邪だ」と感じたのが先週火曜日。なんと1週間も引きずっている。
それも先週の金曜の夜から「声」を失ってしまった。
それは「ハスキー」というものを軽く超えてしまって、「本当に出ない」「出そうとしても息の音だけ」「必死で出して、絞り出すような聞き取れない声」 という具合である。
イメージとしては「もんたよしのり」 がカゼひいたような・・・声。

さて、そうなると当然いろいろな支障が出てくる。
一番残念だったのは、先日の合唱コンクールのリベンジをもくろんでいた、14日の「東急音楽祭」に出られなかったこと。(シクシク)
困ったのは、仕事のアポとり(取材申しこみ)ができないこと。ただでさえ、弱小メディアであるからいつもアポとりの電話をするとき、こちらのことを理解してもらうのに苦労するというのに、「カゼをひいたもんたよしのり」が電話してきたら、怪しさ満点、「絶対に」取材拒否されるだろう。
そして「息子たちを叱れない」 これも相当困った。
いつもは口うるさい母親が無言なのをいいことに、やりたい放題。う~っ許せない。
「ママ、○○していい?」
「(絞り出した声で)ぃ・・ぃ」
「わは!ママ、『イェイ』だって!」
「(怒)!」

一方、「ケガの功名」的なこともあった。
「ピンポーン」と鳴ってインターホンを見ると宗教の勧誘らしき複数女性。
「・・ぁぁは・・ぃ・・・」
「奥さま・・ですか?・・・私どもは○○で、○○のために○○を・・・」
「kkkkヶっkoぅで・su」
「あ、はい、失礼しました」
いつもならなかなか帰らないのに、そそくさと引き下がって行った(やったね!)

「プルルルル・・・」と日曜日の昼間の電話。よくあるあれかもしれない。
誰も居間にいない。仕方ない、出るか。
「○わ○さんですか?こちらは○○マンションといいまして、今、○○駅前にマンションを・・・・・」 この手の勧誘は、こちらに有無を言わせずいきなりしゃべりまくるのだ。
「mmもぅ・・kkかぃ・・mまssし・・tた」
「あ、ああのう。。。ど、どこに買ったんでしょうねえ、あ、じゃあ。そうですか。じゃ、じゃあ・・」
あまりの彼の狼狽ぶりに私は出ない声で高らかに笑った。(というのも今想像すると、気味悪いが)
だって、いきなり「エクソシスト」みたいな声で自分の話をさえぎられたら、誰だってあせっちゃうよね。

「ピンポーン」 まただ。今度は隣の奥さんが回覧版を持ってきた。仕方ない、出よう。
「sssす・・ぃmま・・ssせnん、kkこ・・ぇgが・・」
「あら、カゼ?大変ねえ。でも声が出ないとなんだかしおらしいわね」
「(ムッ!)・・・」

さて、今日火曜日は、「もんたよしのり」から「森進一」くらいに改善した。
(つい、「おふくろさんよ・・・」と揺れながら歌ってしまいそうだ)
しかし、この声のおかげで職場では「まあ、かわいそう」「早く帰っていいわよ」
と、皆の同情を買い、早めにあがらせてもらえた。
ああ、同情してくれるなら先週の火曜日のほうがつらかったのに。なまじ声が出てたから誰も私が具合悪いなんて思わなかったんだろうなあ。

声は改善しつつあるが、今は咳がひどくて、これがまたつらい。
咳って予想以上に体力を奪うのだ。特に寝起き。今日もおさまるまで2時間かかり、その後また寝てしまったので、病院にも行けず、不燃ゴミも出せず。その後仕事に行くまで最低限の家事をしたので薬局にも行けず。
そういえば私、このブログ始めたころ、自慢気に「カゼをひかない方法」を書いていたのだ。
ああ、なんたる不覚。免疫力が弱ってるのかなあ。
どなたか、カゼをひかない方法&ひいてしまった場合の対策、とくにつらい咳と微熱感に効く方法を教えてくださ~い!
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# by gbsatomi | 2004-11-16 23:30 | DIARY

血と汗とナミダのソフトボール大会

先日、次男の少年野球チームが属するリーグの「第25回母親ソフトボール大会」に参加した。子どもを少年野球に入れただけなのに、なぜか毎年秋、母親たちがプレイしなければならない、不思議なリーグの恒例行事だ。
皆、仕事や家事の合間をぬって、9月末から練習を重ねてきた。しかしもう若くはないのだ。まして普段運動というものをまったくしていない私には、これは苦痛以外の何物でもない。
特に毎年、初回の練習の後は、想像を絶する筋肉痛に襲われる。「想像を絶する」なんて大げさな、と思わないでください。普段、近所のスーパーに行くにも車を使って皆にからかわれている私のこと、もう全身の筋肉がひきちぎれたようになります。立ったり座ったり、何気ない日常動作がひじょーに困難になります。本当なのです、お願い、信じて!と言いたくなるくらい。

それでも毎週練習を繰り返すと、少しずつその「想像を絶する」筋肉痛が、「普通の筋肉痛」へと変わってくる。そしていよいよ本番を迎えるころは、かなり体も慣れてくるのだ。

さて。11月7日。晴れ。うそのように暑い。絶好の行楽日和に…ソフトボ―ルである。
大層に入場行進を行い、国旗掲揚、君が代斉唱、市会議員らが祝辞を述べる開会式まである。これは県大会、それとも全日本?いったい何の大会かとカン違いしそう。参加8チーム、ほぼ全員がにわか仕立てのママさん急造チームというのに。
ところが、である。
今年は約1名、そうじゃない人がいた。

1回戦を18対6で勝ったわがチームの2回戦の相手は、今年初参加の稲毛Pというチーム。
ここになんと、アテネで大活躍した「宇津木ジャパン」のメンバー!!! 
・・・・・みたいな人がいたのだ。

一目見ただけでその面構え、髪形、体型、すべてが「宇津木ジャパン」だ。われわれは、その人をひそかに「宇津木麗華」と呼ぶことにした。(ここでは親しみをこめて「麗華」とよばせてもらおう)
麗華はもちろんピッチャーだ。でも、われわれ用に、わざと遅くやさしい球を投げてくれている。高山選手みたいに太ももに手を当てるような投げ方はしない。でも、その「やさしい球」は真ん中に来て打ちやすいのだか、ずっしり重みがある。当たってもなかなか飛ばないのだ。
しかし、そのチームは麗華以外は皆どうみても素人…つまりわれわれと一緒だった。麗華の重いボールをブハっと当てて転がったしょぼいゴロを、他の素人選手たちは上手く処理できない。これはわれわれも、どこのチームもそう。だからママさんソフトは、当たればヒットになる確率が高い。事実、われわれはあの麗華から6点もとることができたのだ。
しかし、われわれがいかにがんばったところで、麗華にとっては赤子の手をひねるようなもの。わがチーム唯一のはりきりママ、Mさんが必殺ピッチャー返しを放った瞬間、誰もが「やった!センター前に抜けた」と思ったのに、麗華は抜群の反射神経とグラブさばきで難なく捕ってしまった。
麗華は打撃も力を抜いていたようだ。しかし軽く打っても鋭いライナーが飛んで行く。かくしてわれわれは13対6で敗れ去った。

午後からは3位決定戦が行われた。さすがに3試合目となると、われわれはもうヨレヨレで戦意喪失。守りのときは立っているのがやっとだった。「早く終わってほしい…」とそればかり思っていた。そのたびに「これで本当に最後なんだから」と自らを奮い立たせる。3年前からこの大会に出てきた。今年は卒業の年、泣いても笑ってもこれで最後なのだ。
しかし、1試合目で打ちに打ったわがチームは、皆、疲労の限界に達していた。打って塁に出ると、とにかく走る。普段は絶対行わない全力疾走だ。アウトにならない限り、ホームインするまでひたすら続く全力疾走。誰も自分が「アウト!」と言われたくないがために、馬車馬、いやサラブレッドのように走り続けるのだ。
足に、腰に、肩に、いやおうなくたまる疲労。もうダメ……わがチームは9対5で4位に甘んじることとなった。

そして後は閉会式を迎えるのみ。はりきりママMさんはもうシートの上でグデーっと横になっている。皆の顔にも疲労の色が濃く出ている。そんな中、私はある種の高揚感に浸っていた。「やっと終わった」という、解放感とでもいうのか。
4年間全出場したのは今の現役で私だけ、おまけに今年はキャプテンとして、練習から本番裏方準備まで、責任を持ってやらなければならなかった。ああ、とにかく終わったのだ。さつき夏祭り以降、最大にして最高につらいこの行事が。
「○わ○さん、お酒でも入ってるの?やけに饒舌ね」などと言われているうちに、ふと思い出した。「そうだ!編集長に『取材してこい』って言われたんだ」
どうしよう、自分の試合に必死で忘れてた―と思いきや―そこへ救世主、麗華の登場である。
麗華のチームは決勝に勝ち進み、まさに今、決勝戦の死闘を繰り広げていたのだった。カメラを抱えてグランドに急行する。ん?麗華のチームが負けている…そんな!??と、そこへ麗華が貫禄満々で登場した。
これ以上のシャッターチャンスはない。打て、麗華!走れ、麗華!―という私の願いが通じたのかどうか、彼女が満身の力をこめてぶっ放した1発は、大きな弧を描いてはるか遠くまで飛んでいった……走者一掃の逆転3ランホームランだった。あっぱれ麗華!
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優勝は初出場の、麗華率いる稲毛P。閉会式でコールされた「最高殊勲選手」はもちろん麗華だ。賞品は、野菜高騰のおり、主婦には嬉しい段ボール一箱分のキャベツ。他のお母さんなら二人がかりでえっさえっさと運ぶものを、麗華は一人で苦もなく運んだ。満面の笑みがさわやかだ。麗華、ごめんね。こんなところでネタに使っちゃって。でも麗華みたいな人、好きだよ、私。スポーツウーマンはみんな性格がいいって、知ってるもん。

こうして4年がかりの「血」(アザ…内出血)と「汗」(文字どおり)と「ナミダ」(泣きながら『どうして私がこんなことやらなきゃいけないの』と訴える輩あり)の母親ソフトボール大会は幕を閉じた。
来年はOGとして差し入れを持っていくことになる。麗華、そのときにまた会おうね!

(後日談)
筋肉痛は試合後2日目にピークに達し、私の奇妙な動きに家族中が笑うこと。ウケを狙ってやってるんじゃないのよ、こうしか動けないのよ・・・同時に風邪をひき、ふんだり蹴ったりのつらい日を過ごしています。。。ああ熱っぽい、ノドが痛いよ~
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# by gbsatomi | 2004-11-11 00:02 | DIARY

シュウメイギクと蜂にまつわる思い出

秋明菊(シュウメイギク)

玄関脇のシェードガーデンに4年前に植えたものが、今年は過去最高のつぼみをつけたので楽しみにしていた。しかし長雨にたたられ、咲きそろう前に散ってしまったり。それでも花のない季節に健気に咲いてくれるのは嬉しい。
一般にシュウメイギクといえば一重のものが浮かぶが、これは八重でいかにも「菊」という感じ。フラワーアーティスト高橋永順さんはこの一重の花がお気に入りのようで、作品によく見られる。でも、本来はアレンジメントに使うような豪勢な花ではなく、野にそこはかとなく咲く花。風に吹かれて不安定に揺れる、そのなんともいえない風情が好きだ。
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そのシュウメイギクに先日蜂がとまっていた。さかんに蜜を吸っている。なんか恐ろしそうな蜂だけど、その蜜の吸い方は健気で可愛く見える。チュチュチュチュって何度もくちばしみたいなものを花芯に押し付けて。こっちの花が終わればあっちの花。ずっと見ていると、何だか赤ちゃんがおっぱいを一生懸命吸っている姿が浮かんできた。
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蜂も赤ちゃんも吸うことによってのみ、命をつなぐことができる。赤ちゃんの場合は、現代では粉ミルクという便利なものもあるが、そんなものがない時代は母乳だけが命綱。だから何もできない生まれたての赤ちゃんにも、吸引反射といって乳首を口にあてがわれたら吸おうとする、生きていくための術が備わっているのだ。

新生児を見たのは、自分の子どもが初めてだった。それは赤ちゃん―やわらかく、丸くぽちゃぽちゃしている―というイメージとはかけはなれていた。単に「息をしている生き物」という感じ。頭は大きいが、新生児用着物にくるまれている手足は壊れそうなほど華奢で小さい。なのに指の1本1本に小さな小さな爪まである。
新陳代謝著しい皮膚は毎日ボロボロと剥けていく。人間の生まれたての姿って、こんなものなんだ、とよくわかった。なんせ少し前までお腹の羊水の中でプカプカ浮いてた生き物なのだ。

授乳をしていると、すーっと眠気に襲われる。こくん、と頭が落ちて、ふと目が覚める。すると生まれて1ヶ月ほどの我が子は、寝ながら母乳を吸っている。目が閉じているのに、口だけ一生懸命動いている。その動きがだんだん遅くなり、やがて止まる。新生児にとって母乳を吸うことは、それは大変な運動量らしい。全身の力を口に集中して吸引するのだ。乳首をくわえたまま、疲れ果てて眠っている赤ちゃん。その姿の何と愛らしいことか。そっと口から離すと、また唇が刺激されたのか、小さく口を動かす。何もくわえてないのに。こんなことを思い起こすとき、「母性は女性に最初からあるものではなく、いろいろ体験してつくられていくものなんだな」 と、つくづく思う。

長男が2歳2ヶ月のとき生まれた次男は、甘え上手。
小6になった今ではさすがにしなくなったが、4年生くらいまでは、スキあらば座っている私の膝の上に乗ってきて、甘えていた。
そんな次男が幼稚園年中のとき、「甘え中」に「おっぱい吸わせて」と言ってきた。あら、今頃赤ちゃんがえりかしら?と思いながら 「いいよ」と応じてみた。
「おっぱい(母乳)出てくる?」 「さあね、出てくるかもよ」 ちょっと恥ずかしそうに吸い始めた。久しぶりの懐かしい感触に浸っていると、長男(小1)が少し離れたところで、なんとも言えない顔をしてこちらを見ている。ボクも行きたい、けど行けない、みたいな。
そうだ、この子はまだ自分がオムツをしていた赤ちゃんのときに、なぜか自分の意志にかかわらず「お兄ちゃん」になってしまったのだ。まだまだ甘えたい時期に、いつも「お兄ちゃん」として振舞うことを余儀なくされてきた。ママの目はどうしても自分より手のかかる、小さな弟に向けられるという事実を、幼いながら受け入れて生きてきたのだ。
とっさにそんなことを考えた。

「KOちゃんも来る?」と言ったら、こっくり、とうなづき、はにかんだ笑顔でやってきた。躊躇しながらも弟と同じことをしている。
私はまるでウシかウマかブタになった気分だった。

「やっぱり出ないや」と言って次男が離れたとたんに長男も離れた。どことなく満足そうだった。
母として二度とありえない経験のせいか、この出来事をよく覚えているのだ。

そして件の蜂クンは、今日もシュウメイギクをチュチュチュチュとやっていた。
そんなにシュウメイギクが好きなのね、一生懸命吸って栄養つけてね、と心の中でつぶやいた。そして「可愛かった時期の息子たち」を思い出させてくれてありがとう、とも……
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# by gbsatomi | 2004-11-05 01:10 | FLOWERS

最愛のコスメたち Part1

何をかくそう私はコスメおたく。美容ライターになりたいと思って真剣に活動した時期もあった。若い頃から集めたコスメをフリーマーケットで売ったときは、業者に間違われたこともある。そんな私のお気に入りコスメたちを紹介しましょう。
「熱しやすく冷めやすい」「飽きっぽい」といわれるA型のこと、いろいろなものを試しては長続きせず、また別のコスメへと渡り歩く日々。その中で永年愛用しているものは、本当の「お気に入り」なのです。

まずは泣く子もだまる化粧下地、ニナリッチの「バーズ・オパラサン」。
b0036381_22204291.jpgこれは、大抵の日本人はローズ色の「バーズ・ニュアンセ」を使うので、私は少数派かもしれないが、この「バーズ」シリーズ、評判をずいぶん前から聞きながら、使い出したのは3年前。
たちまちその実力に惚れこんだ。一度容器がリニューアルされて、それは「改悪」とでもいうべきひどいものだった。(内蔵スパチュラがついてない、フタが壊れやすいなど) 仕方なく、古い容器のスパチュラだけを新しい容器に突っ込んで使う、ということをしていたが、最近買ったのは、再リニューアルされていて、フタにスパチュラがついていた。これは使いやすい。
ただし私の場合、最近の不摂生により、この「オパラサン」の実力を持ってしても、化粧のりが良くない。以前blueberryKAYO嬢に言われた言葉が身にしみる。「40過ぎたら一日一日が勝負なのよっ」

次は縁の下の力持ち、アイブロウライナー。これはもう二十年近く使い続けている「資生堂エリクシール」。ブラウンとグレーの中間色というのが私の眉の色にぴったり合う。先日OL時代の写真が出てきて、眉の形が当時は全然違ったのでちょっと笑えたが、使っていたものは不変なのだ。(変わったものは眉の形と、容姿です…)b0036381_22221394.jpg









そしてリキッドファンデーションの仕上げに不可欠なおしろい。これも数年前から「Diorプードル・リーブル」を愛用中。一度リニューアルしてカバー力がなくなったが、他社製品にはないサラサラでキメ細かい仕上げにとりこになっている。b0036381_22251755.jpg

アイシャドウは同じくDiorの「サンク・クルール」。
これもリニューアルを繰り返しているが、大昔から買い集めたものをとっかえひっかえ使っている。粒子が細かく、サラっと広がるのがいい。ただし高価なので(5色入り7875円)もう何年も買っていない。最近またリニューアルされたようだし、そろそろ新しいのがほしいよ~。b0036381_22262237.jpg


そして本日の題名「最愛」と呼ぶにふさわしいのが今は亡きCHANELのマスカラ「シルドウ(Cils’d’eau)」だ。b0036381_2229742.jpg「今は亡き」というのは、数年前製造停止になってしまったのだ。
あ~んどうしてどうして。マスカラ歴20年の私が、「後にも先にもこれしか愛さない」究極のマスカラだというのに。私のまつげは長いが下向き。これをググっと持ち上げて、そのカールをキープしてくれるばかりか、1本1本離れてつき、上3㎜、下2㎜、つまり目が5㎜は大きくなり、くっきりと印象的な瞳にしてくれる。このマスカラのおかげで今まで何人の男をモノにしてきたことか、フフフ…(うっそー!一度言ってみたかっただけ)つや消しの黒い容器がまたシック。後継商品、「エクストレム シル」(写真下)は、「まつげ離し効果」がなく、どうしても好きになれなかった。b0036381_22301575.jpg
かくしていまでも、最愛のマスカラの亡がらを後生大事に持っているのである。

化粧品というのは、メークをしない人から見たらどれでも同じに見えるかもしれない。だが、同じ価格帯でもその使用感や効果は全く違うし、同じメーカーでも商品ラインによってまるで違う。一般には価格が高ければそれなりの効果が期待できるが、それも一概にはいえない。価格だけの価値のない製品というのも多々ある。だから多くの女性たちは、クチコミ、店頭、雑誌などから情報を得、投資額に見合ったものを見つけようと血眼になる。あ、そこまではいかないけど。でも私はコスメ好きなので、時間をかけてゆっくり選ぶのが好きです。

ともかく、程度の差はあれど女性は皆、化粧品と縁を切ることができない。化粧品業界は不況下でも売上げが最も減りにくいところだという。どんな世の中になっても、女性は最低限の粧いはやめたくないのだろう。
「女性は年を重ねるほどに、美しく粧わなければならない」が持論の私としては、最近の不摂生を大反省しなければならない。「新しい40代」はいつも身だしなみをきちんとしていなければ…と、現実とやや離れた理想を掲げている以上は。
そして次なる「最愛コスメ」を見つけるために研究に余念がないのである。
(今日書けなかった最愛の石鹸、フレグランス他はまたの機会に…)
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# by gbsatomi | 2004-11-01 23:14 | BEAUTY

ハロウィンというけれど

【Halloween】
諸聖人の祝日の前夜(10月31日)に行われる祭り。スコットランド・アイルランドに起源を持つアメリカの祝い。(広辞苑より)
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うちの近所でも玄関にあのおばけかぼちゃを飾っている家もあるし、一部の子どもたちで許可された家をまわったりもしているらしい。
今から4年前、次男が小学2年の時、学校から帰るなり「今日、いろんな家に行ったらお菓子をもらえるから一緒に行こうって、○○くんに誘われた」と言う。
その○○くんは今まで彼の遊び仲間ではなかったので、「?どうして?…あ、もしかして…」こんなことをやってる人達がいるんだな、と気づいた。「他にどんな子と行くの?」と聞いたら普段遊ばない子の名前が次々と出てくる。「う~ん、これはお母さん同士で、ハロウィンをやろうと決めたんだわ。でも、私も顔も知らない人たちだし、息子も普段遊んでないのに、行かせていいものか…」と考えてしまった。
しかし、小2の子に何とも説明しがたく、「じゃあ、行ってらっしゃい」と送り出した。

私がハロウィンという言葉を知ったのは、今から21年前。
バイト仲間の帰国子女から「もうすぐハロウィンでしょ、だから…」と言われ、???で若干バカにされたのだった。
そのときの印象が悪かったせいでもないだろうが、どうもこの行事は私の中では受け入れ難いものがある。
だいたい、あのおばけかぼちゃが好きになれない。同じく、違う文化圏のお祭りであるクリスマスは、サンタクロースといい、ツリーやトナカイといい、ほのぼのと、心暖まる気がするのだが。
その頃、日本人男子高校生がホームステイ先でハロウィンの行事に参加し、知らない人の家を訪問したら警戒されて「Freeze!」と言われ、その意味がわからなかった彼がさらに近づくと、なんとそのアメリカ人は銃で彼を撃ってしまった―という悲惨な事件があった。アメリカで当たり前のように行うイベントに参加した彼の、本当に悲劇であったわけだが、そんなことも私の「ハロウィン」に対するマイナスイメージに影響しているかもしれない。

そもそも、なぜアメリカの行事を日本でもやるのか。
例えばクリスマス。あれはキリスト教文化圏の年に一度の神聖なお祭り。日本でいえばお正月なのである。(欧米では元旦―New Year’s Dayは「祝う」ほど意味を持たないそうだ)「クリスマス休暇」という言葉もあるくらい、社会全体で行う行事、もとは宗教的行事なのだ。本来のクリスチャンの祭りとすれば、もっと神聖な気持ちで荘厳に祝うものなのだろう。

ただ、クリスマス行事はあまりにも良くできすぎている。
「トナカイの引くそりに乗ったサンタクロースが、良い子にプレゼントを届けてくれるイブの夜」。こんなに夢のあるストーリーが他にあるだろうか。この慣わしが、およそキリストの教えが日常的にはびこっている、とは言い難い日本でも根付いてしまったのはムリもないだろう。それは一大商業イベントともなり、日本でも必要不可欠の行事となっているのだ。

おかげで日本の主婦(私)は、クリスマスシーズンが来ると家中を飾り付け、外の木には電飾まで施して、にわかアメリカ人となる。そしてイブまでに子どもの好きなプレゼントをこっそり買っておき、当日は洋風のごちそう作りに精を出す。(最近ではケーキは買っているが)
26日以降はツリー他を片づけ、お正月の準備。今度はおせちの仕度を始めるのである。ただでさえ忙しい年末に、なんと慌しく、節操のないことか。頭の切り替えが必要だ。おかげで、結婚して子どもができて以来、私はこのシーズンが嫌になってしまった。(という気持ちは顔には出さないようにしているが。せっかくの楽しいクリスマスシーズンだからね)
以前、仕事を始める前は友達と集まってクリスマスパーティーをよく開いたものである。サンタの帽子をかぶってお客様を出迎えて。
様々なクリスマスグッズ、それは美的にもセンスいいものが年々増え、まさに大人も楽しめる、一大イベントとなっているのだ。(ホワイトハウスでは歴代ファーストレディーによる「クリスマス・デコレーション」を公開しているらしい。クリントン大統領時代にアメリカにいた友人が、雪の降る中、3時間も並んで見た、ヒラリー夫人によるそれは「この世のものとは思えない」ほど、ファンタスティックな世界だったと感激していた)

話を戻そう。
だから、いろいろ文句を言ってる私も、それは主婦として忙しくなることがイヤなだけで、クリスマスの雰囲気そのものは嫌いじゃないのだ。クリスチャンじゃなくても十分楽しめる様々な要素がある。
しかし、「ハロウィン」。あれについては、やはりなぜ日本でやる必要があるの?
クリスマスに次ぐ一大イベントにしようとの、商業主義に踊らされているだけじゃないの?との思いがどうしてもぬぐいきれない。
そんな屁理屈を言わず、単に仲間や子どもで楽しむパーティーの1種と思えばいいじゃない、という向きもあるだろう。う~ん、たしかにそうなんだろうけど……でも近所を子どもたちが「Trick or treat!?」なんて言いながら、それもネイティブのような発音でまわっていたら…と思うと、なんだか「違うんじゃないの?」と思ってしまう。
ここは日本なんだよ!
(別に国粋主義者というわけじゃないんだけど…)

そして、喜んで出かけていった次男は、なぜかすぐに戻ってきた。お菓子も何も持たないで。「あれ?お菓子をもらいに行ったんじゃないの?」「うん、みんなは行ったんだけどね、ボクね、なんかね…帰ってきちゃった!」
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# by gbsatomi | 2004-10-30 07:58 | DIARY

アンバランス

物事を肯定的にとらえるキーワード、それが「バランス」だ。
「栄養はバランス良く」 「心身ともにバランスのとれた発達」 「静と動のバランスがほどよく・・・」 人生、何事もバランスが肝心なのだ。

さて、我が身を顧ると、いかにアンバランスな人生を歩んでいることか。

「ナイスバッティン!」 「バックホーム~!」 「セカンドはいって~」

ふと我に返ると、つい最近まで「合唱用の声」を出して「あ~あ う~う~」 なんて歌っていた私が、バットとグローブを持って、大声で叫びながら野球グラウンドをかけまわっている・・・私、いったい何やってるんだろう?

少年野球で毎年恒例の、「リーグ対抗母親ソフトボール大会」の練習期間となった。
今年で4年目、最後の年にキャプテンというお鉢がまわってきた。サボるわけにはいかないのだ。
まあこれは、息子が入ってる以上母親の義務なので、自分が好きで入った合唱サークルとまったくベクトルが違っていても、納得がいくというものである。

問題は私の「公」の顔―働いて報酬を得ている仕事のことだ。
メインの仕事は、月刊ミニコミ紙のライティング。
名刺とカメラを新聞を持って、どこでも取材に行く。市井の人々から有名作家まで、いろんな人に会ってきた。30人くらいのおじ様たちに宴会場でセクハラまがいのコンパニオン扱いを受けた翌日は、カツラかぶってコスプレするビートルズコピーバンドに会って、仕事を忘れて話しこんだことも。まさに悲喜こもごも。
編集部は殺風景な男所帯。会議の時には缶コーヒーかペットボトル飲料をがぶ飲み。最近唯一の同僚だった女性ライターがセミリタイヤしてしまい、会議に来なくなったのでまさに紅一点(紅といえるかどうか・・・)となってしまった。

ここの仕事は、ある意味規則的。毎月7日に新聞を発行するため、仕事は日曜祝日も関係なく日付で動く。だいたい23日前後が原稿の締め切りだ。この後は校正をのぞき、翌月7日前後の会議までは特にやることがない。実働約20日という間で、有職主婦と専業主婦を行ったり来たりしていた。
これはこれで、私の中では「バランスのとれている」状態だった。

そんな私に、昨年秋からもう一つの仕事が加わった。
それは、ある教育産業の現場スタッフ。テレビでよくCMをやってる「K式」だ。
昨年9月、息子二人もお世話になっている、近所の教室を経営するO先生から電話をもらったのがきっかけだった。英語のスタッフがどうしても足りない、という。私の仕事がフルタイムではないと知った先生が、なぜか私に白羽の矢をたてたのだ。

(わたしなんかでいいの~?)

ちっとも自慢にならないが、「非教育熱心」にかけては自信のある母親だ。その教室も、たまたま家の近くにできたので子どもを通わせただけ。もっと言うと、自分で子どもの勉強を見る気がないので「外部委託」しただけ、だったのだ。

「ちょっと考えさせてください」 と言ってから1ヶ月。催促の電話が頻繁にかかってくる。
週に2回、家のそばで、息子たちも通う教室である。職場環境としては悪くない。
何よりもO先生は、熱心で真摯に教育に取り組む方で、そのお人柄をかねてから尊敬していたこともあり、熟考の末、お引き受けすることにした。

結果、この仕事は私の生活のアンバランスさを助長することとなった。
メインの仕事が前述したとおり、「男の職場」みたいなところで女扱いもされずやっているというのに、ここは「女の園」。O先生は私を含めてレギュラースタッフ6人と高校生バイト2人を抱えている。「皆さん、明日は事務局の先生がいらして、ビデオ撮影もされます。パンツスタイルはやめてください。美しく装いましょう」 という世界だ。
なんといっても「教育」産業だ。子どもの手本とならなければいけない。スタッフ全員「清く、正しく、美しく」 という姿勢が見られる。缶コーヒーがぶ飲みの世界ではないのだ。

そして約1年。明日は、今までなんだかんだ理由をつけて逃げ回っていた「スタッフ研修」に初参加する日だ。場所は千葉駅のホテルM。「どんな格好で行けばいいの?」と同僚に聞くと、「結構みんなすごいわよ。ジーンズはやめたほうがいい。食事もするからね」 との話。
普段、ほとんどパンツスタイルの私。う~ん、何を着て行こうか・・・・・

この仕事はそれなりに、私の人生にとっていい経験となっているし、面白みもわかってきた。が、なんせ仕事ごとに「顔」を切り替えなければいけない、という日々。午前中は取材をし、午後教室に行く、ということもしばしばある。その他、細々とこなす主婦業・母親業(妻業)―まあ既婚女性なら当り前のことだが―も、私の中のマストアイテム。
そして「自分の趣味」なる時間も大切にしようとしている。(というか、その時間ばかり追求しようとしている) 1日は24時間。1年は365日。与えられた時間の中で、いかにバランスをとって、効率よく生きていくか。目下の、そして一生の課題である。
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# by gbsatomi | 2004-10-27 06:39 | DIARY

嵐と共に去りぬ(合唱コンクールで玉砕す)

台風23号が各地に大変な被害を残して去っていった。私も昨日、嵐のような拍手を受け、大舞台を後にした―(というのはウソ)

激しい雨の中、車が目指す場所は、千葉県文化会館大ホール。川中美幸も矢沢栄吉も、そしてこれから中尾ミエと伊東ゆかりもコンサートをする、という、由緒正しいコンサートホールでのデビューだ。あいにくの悪天候などおかまいなし。私の胸は朝から高鳴っていた。

前日、指導者から「当日良い声を出すには、お茶やコーヒーはやめて、水にしてください。たんぱく質はいけません。リンゴがいいです」 と言われたので、ミネラルウオーターを持ちこみ、お弁当にはもちろんリンゴを添えた。なぜたんぱく質がいけないのかはよくわからない。

そうしてコンクールが始まった。
1年生から、順番に歌っていく。1年生はさすがに、まだかわいい。そして、男子の声が安定していないせいか、合唱はお世辞にも・・・という感じだ。(まあ、われわれPTAコーラスもそんな感じなのだろう。もちろんかわいくはないが)
出番が2年生の終了後、午後1時からという予定であった。
ところが・・・・・台風が近づいているという。
貸し切りでホールを借りた以上、「雨天決行」であったが、生徒の帰路の安全を考えなければいけない。ということで「予定大幅変更」もありうる、とアナウンスされた。

「じゃあ、もう私たちは出なくていいわ」 冗談ともホンネともつかないような会話が口々に交わされる。そして結局は「TSUNAMI」1曲だけを歌うことになった。

バックステージに入る。さすがに川中美幸や矢沢永吉が公演をするところだ。広い。ロックバンドなら円陣を組んで「オー!」とやるところだろう。(こういうのスキ)
しかし、ママさんコーラスはあくまでも優雅だ。皆、歌詞なんて覚えていて当然なので、私のように心配することもなく、ブラシで髪をとかす者、コンパクトを取り出しお化粧なおしをパタパタとする者…余裕だ。私も手ぐしで慌てて髪を整えたが、どうも落ちつかない。もうアンチョコを見るわけにもいかない。我ながら往生際が悪い。そうだ、歌ってみよう。
♪風に戸惑う弱気な僕 通りすがる あの日の影♪
(ぎ、じゃなくて『が』。鼻濁音の『んが』)―と、声に出していたら右隣の心優しいMA嬢がラストまでずーっと一緒に歌ってくれた。これはありがたかった。
「大丈夫よ。間違えたって平気よ」と言われ、今朝出掛けにチェックしてきたマイブログのコメントを思い出す。某バンドの某氏が「間違えたときにはシラをきれ」(という表現ではなかったが)と書いてくれてた。
そうだ、そうしよう。恐いものなど何もない。

いよいよステージへ。不思議なほど平常心だ。私の位置はど真ん中。集音マイク2本がもろに声を拾ってくれそうだ。でももう仕方ない。ビートルズの曲のようにイントロなしで始まる「TSUNAMI」。メゾソプラノにはちょっとつらいG音の歌い出しがすべてだ。
♪風にとまどう 弱気なぼく…♪ 観客席を見ず、指揮者だけを見る。私はまったくあがっていない。(つもりだった)ただ、指揮者のT女史はちょっとアクションが堅め。いつもの、音にのって流れるような指揮ぶりとは違うなぁ、と思いながらも曲は進む。

「さだめ」と「カモメ」も上手く歌い分け、いい調子、このまま最後まで…と思った瞬間。
―やってしまった―・・・・・
「身も心も いとしい…」と歌うべきところを「めぐりあえた時から…」 と歌ってしまったのだ。
実際には「めgu!…心も…」という感じ。さて、そのとき平静を保てたかどうか。あからさまに「やっちゃった!」という表情はしなかったと思うが、もし私の表情に注目している人がいたなら、間違えたことを見抜かれたかもしれない。

そして曲はクライマックス部分「めぐりあえた時から死ぬまで好きといって」に達し、最後、メゾの決め所「思い出はいつの日も……雨」。一番難しいこの部分が、ピタっと決まらなかった。「いつの日も」の後がリタルダンドして「雨」は、「力を抜いて階段を降りるようなつもりで」歌うのだが、どうも「あ」の出だしがキチンと揃わなかった。その部分、私自身の声も納得いく声が出なかった。

あ~あ。歌詞もやっぱり間違えちゃったし、なんだか不完全燃焼。ほろにがい「文化会館デビュー」となった。

終わってみると皆、口々に「間違えた~」と言っている。ホントかな?
私自身はやはり歌いこみ不足だな…よし!11月14日の東急音楽祭でリべンジを果たそうではないか。

さて、肝心の生徒たちの合唱だが、やはり3年生の上手さは際立っていた。それに私が中学生だった頃の合唱曲より、今のほうがはるかに複雑で難しい。だから伴奏も高度な技術が求められる。今の子はすごいなあ、と思った。でも最も印象的だったのが特殊学級(今、この呼び方は見なおされる傾向にあるというので、この言葉が適切かどうかわからないが)の生徒たちによる斉唱「あの素晴らしい愛をもう一度」だった。

障害のある生徒たちが、全身を使って一生懸命歌う。途中から手話が入り、その時会場の誰からともなく、手拍子が起こった。会場中の手拍子をもらって、生徒たちはさらに熱演している。この中には、小1のとき私の長男と同じクラスで、途中で特殊学級のあるK小に転校したG君の姿もあった。感動なのか何なのか、涙が出てしかたなかった。こんなことで泣くなんて私だけだったら恥ずかしいな、と思ってまわりを見たら、みんな泣いてる泣いてる。「去年はもっとボロボロだったのよ。今年は心の準備ができていたからこんなものだけどね」と、左隣でTI嬢が涙をぬぐいながら言った。「私だけじゃなくてよかった・・・」と言いながら、しばし、その子たちの親御さんに思いを馳せた。

こうして降りしきる雨の中、「ちょっと感動、ちょっと残念」の合唱コンクールは幕を閉じたのでした。
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# by gbsatomi | 2004-10-21 23:12 | DIARY

直前特訓(人のせいにするな、の巻)

さあ、泣いても笑っても今日が最後。中学体育館でコーラス部最後の特訓があった。
久しぶりに見る顔の多いこと。中には「お初」の人も。
軽い発声練習の後、地獄の特訓?が始まった。

さて、懸案の「TSUNAMI」の歌詞であるが、私なりに家でも特訓を積んだつもりだ。
それに、いざという時の超セコイ方法も考えている。
私のとなりに立つ、M嬢はコーラス部1の優等生。歌詞が一瞬わからなくなったら、0.1秒遅れて、彼女の声を聞けば間違いないのだ。さらにその隣は音大出身のピアノの先生、N嬢。これだけ揃えばカンペキだ。

♪風にとまどう 弱気な僕 通りすがる あの日の影~

おっと、いきなりやってしまった。私は「通りすがる」を「通りすぎる」 と覚えてしまったらしい。
みんなが「が」と発音しているときに、「ぎ」は、それは目立ちます。。。あ~あ、早くもヒンシュクを買う。それにしても、普通は「通りすぎる」じゃない?桑田さん・・あなたの日本語おかしいよ。
と、心の中で桑田氏に文句を言いながら、それでも歌う。

♪人は誰も愛求めて 闇にさまようさだめ♪

(よーし、ここはばっちり!2番が「波にただようかもめ」だもんね)

2番に入る。♪夢が終わり 目覚める時~・・・・・
♪泣き出しそうな空眺めて 波にただようかもめ(よしっ!決まったゾ!)
(調子にのって大声で歌う) きっと世はなさけ Oh sweet memory 旅立ちを・・・・ん?えっ!?ち、違う・・・??

なんとその時。弘法にも筆の誤りというか、サルも木から落ちる、というのか。
私が信頼し、頼りにしていたM嬢が「きっと世はなさけ」 と歌うところを「そして風まかせ」と歌ってしまったのだ。彼女の間違いが、その隣のN嬢にも伝染したのか、N嬢もまったくおなじく「そして風まかせ」と歌った。一番あせったのはこの私。自信満々で「きっと世はなさけ」 と歌ったところに、隣からよくとおる美声二人分、「そして風まかせ・・・」と聞こえてきたのだ。
そのとき、私の顔は口を開けたまま、硬直していたに違いない。頭からは?マークが出ていたはずだ。
しかし通しげいこだ。誰がどこで間違おうと、歌は続く。

「いや~ん、間違えちゃった」とM嬢とN嬢が笑っている。 このカンペキな方たちにも間違いがあるなんて。(全く、お願いよ~)と心の中でつぶやく。が、それはお門違いだとすぐに気づく。自分が完璧に覚えてないのがいけないのだ。

指揮者のT女史が「メゾ(ソプラノ)、良くなったわねえ。○わ○さんの声入ると、暖かみが出ていいわね。幅が広くなって」 な、なんとお褒めの言葉をいただいた。ん?ホメ殺しってやつ?幅が広くなるのは、BODYだけでございまーす、と軽口をたたきながらも、ほめられるっていい気分。「相当練習したのね」と言われ、こっくりとうなづく。

T女史の指揮だと、とてものって歌える。コロラトゥーラ・ソプラノの声を転がしながら、全身全霊で指揮をとるその様子は、指さきまでもに音楽がつまっているようだ。昔、「帝王」カラヤンが初来日したとき、その指揮の下で演奏したN響のコンサートマスターが、「カラヤンの指揮で演奏すると、他の指揮者とは違いますか?」なんて凡庸な質問に「はい。もうそれは、全然違います」 と丁寧に答えていた。T女史の指揮下で歌うとき、私はあのN響の人になった気分だ。

さあ・・・いよいよあと12時間後。台風がくるとかこないとか言ってるが、嵐が吹こうが槍が降ろうが、歌うのみ。
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# by gbsatomi | 2004-10-20 01:01 | DIARY

桑田佳祐の詞の世界

昨日は私が所属するH中PTAコーラス部の練習に行ってきた。
明日、20日に千葉県文化会館で同中の合唱コンクールがあり、子どもたちの幕間にわれわれ母親は「出演」させてもらうのだ。

「楽譜見て歌っていいから、入らない?」と誘われ、気軽に入部したが、なんと今年のコンクールからは「暗譜」となってしまった。当り前のことなのだが、ラクして歌おうと思ってた身にはツラい。日々破壊されていく脳細胞に喝を入れて、覚えなければいけない。

そして今年のメイン曲はサザンの「TSUNAMI」。
これがまた厄介なのだ。歌詞が覚えられない。
例えば
1番 闇にさまようさだめ
2番 波にただようかもめ   のように、どこをどう替えても、うまくつながるような箇所がたくさんある。

このように、桑田佳祐の歌詞は日本語としてやや?なものでも、上手くメロディーにのせ、ピタっ!とキメてくる、神業に近いものがある。桑田マジックとでもいうのか。そうして4半世紀も第一線で活躍しているのは尊敬に値する。

TSUNAMIは大ヒットした有名曲。しかし、よほどのファンでない限り、歌詞まできちんと覚えている人は少ないだろう。皆、必死だ。トイレの壁に貼って覚えた、という涙ぐましい努力をする輩もいた。

そして、その歌詞はわれわれ中年が思わずノスタルジーに浸るような、魔力を持っている。

指導者:「ここはもっと感情をこめて。 ♪あんなに好きな人に 出会う夏は 二度とない♪」
     「そういう気持ちになって歌って。 ♪身も心も いとしい人しか見えない♪ 『身も心も』ですよ。『身も』 『心も』!」
     「ここがクライマックスです。 ♪めぐり会えた時から 死ぬまで好きと言って♪」

一同:「は~・・・(ため息) もうそんな気持ち、忘れちゃったわ・・・」
ここで「あら、私は忘れてないわよ、現役よ」 などと発言する人がいて、皆の笑いをとる。

こういう歌詞を作る桑田氏は、私よりずっと「おじさん」である。もう50才近いだろう。
しかし、この若々しい感性。いくら「プロ」とはいえ、自ら体験しなければあみ出せないような言葉の数々。やはり「現役」なのかしら。
賢夫人ハラ坊は、「夫の芸の肥やし」ならば、と好き勝手させているのかな?

指導者:「♪夢が終わり目覚める時 深い闇に夜明けがくる♪  ここがいいんです。闇がパーっと明るくなる感じ。これを表現してください」
     「♪人は涙見せずに 大人になれない♪ これは子ども達に一番伝えたい部分です。もっと説得力をもって」 

などといわれるたび、必死で声を出す私たち。気がつけば、普段できない腹式呼吸で歌っている。おなかの底から声を出している気がする。2時間も歌えばぐったり疲れ、おなかも空く。
この心地良い疲労感。だからコーラスはやめられないのだ。

ちなみにもう1曲は「秋の午後」という、いわゆる「女声3部合唱曲」。
こういう曲の歌詞は、なぜかスーっと頭に入ってくる。しかし、なんともいえない歌詞だ。

♪ 若いきれいな奥さんが 赤ん坊を抱いて ほほ笑む まわりを舞踏する
   ああ 乳のあまい匂いが 青空にこだまして 私の心をゆするみたいだ ♪

なんで「秋の午後」に、「乳のあまい匂いをさせた、赤ん坊を抱いた若いきれいな奥さん」が
「ほほ笑みながら、踊る」の? とツッコミたくなる。

さあ、いよいよ明日。間違わずに歌えるでしょうか・・・桑田さん、罪つくりですよ~、あなたの歌詞は。





 
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# by gbsatomi | 2004-10-19 00:45 | DIARY

風邪の季節の到来だぁ~

寒くなってきた。我が家は北入りの木造住宅のせいか、普通の家より「寒い」。主に過ごすリビングは南向きにあるというのに。気密性の高いマンションに住んでいる人など、冬、我が家に入った途端「寒いわね」と言う。逆に、初夏の暑い日など、帰宅してドアをあけた瞬間「涼しい」と感じる。だから我が家は寒いのだ。

寒くなると風邪を引きやすくなる。しかし、若い頃に比べ、ずいぶんひかなくなった。それには理由がある。その1 トシをとるにつれて、バカ度が高まったこと。(バカは風邪をひかないというでしょ) その2 風邪対策必勝法をあみ出したこと。  あみ出すなんて、プロレスのワザでもあるまいし、大げさな。でも簡単で、私には画期的なことであった。

それは「足を冷やさない」ということ。とにかく、寒くなったら靴下をはく。それも2重、3重に。真冬など、室内でも①80デニールのタイツ ②厚手のソックス ③毛糸のソックスカバー の3重奏だ。それに④ボアスリッパを履いたら、寒い我が家のどこに行っても恐いものなし。もちろん寝るときも、①を脱ぐだけで②③は、はいたまま。これで、寒い冬の夜も快適な眠りにつける。

7、8年前、どうも調子が悪く、1ヶ月に2回も熱を出したりして困っていたとき、ある鍼灸師さんが「あなたは風邪をひきやすいでしょう。風邪のウィルスは足から入ってくるんです。足を冷やしてはいけません」とアドバイスしてくれた。そして上記のメニューを考え、実行した。効果はてきめん。しょっちゅう風邪をひいて、まわりをあきれさせていた私が、ほとんど風邪を引かなくなったのだ。 なんとありがたいことか。

このほか、風邪をひきそうになったら「オレンジジュースや、C1000などをたくさん飲み、ビタミンCを大量に摂る」 「エスタックイブエースを飲む」 「のどスプレーをかけまくる」など、ちょっと奇妙な必勝法も次々とあみ出し、ますます風邪とは縁が切れていった。

ところが、9月下旬以来の不安定な天候で、「靴下をはくタイミング」を逃がし、どうも調子が悪くなってしまった。先日のさつきが丘のキャンプも、「エスタックイブエースつき」で行くという、不本意な体調だった。そこにあらわれた救世主が「K氏特製薬膳スープ」。秘伝のスパイスを数種類も使い、野菜とビーフのエキスを長く煮込んで出す究極のスローフードは、美味しいだけでなく、カラダを足先からポカポカと暖めてくれたのだった。

「あのスープを家でもつくってみたい」と、翌日大根を買ったが、傍らに見つけた「ぶり」が安くておいしそうだったので結局は「ぶりと大根の煮物」に。予定と全然違うなぁ。でもコトコトと鍋で煮る感じは、寒い季節ならではのもの。それに大根って日本人のDNAに刻まれている何かがあるに違いない。大根、冬、おでん・・・なんだか、「暖かいもの」をイメージしたいじゃないですか。

大根を使って、「とん汁」もいいな、「おでん」もいいなあ、と一寸「あったかい気分」になった私であったが、気持ちとうらはらに「食欲の秋・・・体重増」という言葉も脳裏に浮かび、思わず気を引き締めたのであった。b0036381_0245915.jpg
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# by gbsatomi | 2004-10-15 00:24 | DIARY


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