♪中年フレッシュバンドの大いなる挑戦♪

先日、2回目のバンド練習を行った。本当なら3回目になるはずだったが、私の腰痛騒動で、一度お流れになってしまったのだ。
40過ぎてのバンド活動。
今、かつてのロック少年たちが中年になり、ロック全盛時代を回顧する雑誌があれこれ刊行されているし、実際、バンドを組む人たちも多いと聞く。仕事でも家庭でも、人生の方向性が見えてきたというか、まあ少し余裕が出てきたというか。
そこで、かつての仲間たちや職場などで趣味を同じくする人たちと、バンドを組むのだ。年代は推測するに、リアル・ビートルズ世代から2世代下くらいまで。大雑把にいうと、40~60才といったところだろう。
練習するスタジオは若者ばかりで気恥ずかしい、ということで、札幌には中高年専用のスタジオがオープンした、という報道を見たことがある。中高年にちょっとしたバンドブームが起きているようである。
そのブームは私にも突然というか必然というか、不思議な縁のめぐり合わせで、やってきたのだ。

私が属するバンドは、昨年12月に結成された、できたてのほやほやバンド。と書けばなんだかフレッシュな感じがするが、平均年齢43.5才という正真正銘の中年バンドだ。内訳は男性2名女性2名。ベース・ドラム・キーボード2人でロックをやるという、いささか珍しい形態。そう、ギターがいないバンドなのだ。
私をのぞく3人は同級生で高校の時からの知り合いである。男性陣はいずれも音楽活動30年選手というベテラン。キーボードK嬢は17才までピアノを習い、その後ドラムのI氏とバンドをやっていた経験がある。私のバンド歴といえば学園祭の即席バンドでの1度きりのライブという、皆無に等しいもの。あるのはビートルズ、とりわけジョン・レノンへの深~い愛情と女だてらに、と言われ続けてきたロック遍歴だけだ。音楽といえば4才から16才までダラダラとやっていたピアノのみ。というわけで、メンバーの平均年齢を若干下げているバンド初心者の私は、ベテランの心やさしいお兄様、お姉様の中で、わがまま放題を言わせてもらい、バンド仲間としておつきあいしていただいている。ありがたいことです。

皆、働き盛りの真っ只中。
ベースのJ氏は時間の不規則なTVマンで毎週土曜日が徹夜仕事、ドラムのI氏は連日午前様&休日出勤も余儀なくされる金融マン、キーボードK嬢はフルタイムで働く正社員で土・日も仕事、私は深夜の原稿書きを常とするフリーライター兼学習塾のセンセという不規則な仕事。女性陣は一応主婦であり、子育て中の母でもある。皆が集まれるのは、辛うじて日曜の夜、月1回。J氏は徹夜明けの体をひきずって日曜に帰宅し、ほんのわずか仮眠をとって夕方スタジオへ、K嬢も1日仕事をした後、職場の制服のままスタジオ入りという強行軍である。おまけに女性陣は見かけほど?頑健じゃない故、しょっちゅうあそこが痛い、ここが具合悪い、と言っている。プレ更年期とでもいうのか。
このように皆それぞれの事情を抱え、若い頃のように自由に時間を使うことができない。体力も年々衰え、認めたくないけど寄る年波には勝てないのも事実だ。
しかし、音楽への情熱や理解力、表現力は若い頃にもまして深まっているのではないかと思う。
なんといっても縁あってバンドを組んだわけである。
ドラムのI氏は以前、私とK嬢に「普通の人では体験できないバンド活動ができ、それを応援してくれる仲間たちがいる、こんな恵まれた環境はまず他にないよ」とおっしゃった。
私もまさにそう思うし、おそらくJ氏もK嬢も同感だろう。

リタイア後の生きがい探し、というのは高齢化社会の必須条件である。
私は仕事で、リタイア後の人生を趣味豊かに楽しんでいる人、何か熱中できることや仲間を持っていきいきと暮らしている人をよく取材するが、そういう人たちはほぼ100%といっていいほど、40代から仕事以外の「何か楽しめるもの」を見つけて、コツコツと積み上げてきた人たちだ。定年後に何か生きがいを探そうとして、急に見つかるものではない、と彼らは異口同音に言う。40代の働き盛りの日々に、時間もお金も体力も、何とかやりくりしてずっと継続してきた「何か」が、リタイア後に花開き、人生を彩る場合が多いのだ。
私たちも、少なくとも私とK嬢は、今、バンド活動するのは体力的にキツイものがあるが、自分がやりたいこと――それは1人では決してできないこと――を一緒にやってくれる仲間に恵まれているという、この上ない幸運を感謝し、何としてでもやり遂げたい、という思いでいっぱいである。あせらず、少しずつ着実に。

ひよっこの私がエラそうに言うのもナンだが、バンドってみんなで力を合わせて、息を合わせて、音を合わせる(ように努力する)のが最高に楽しい。新しい曲にチャレンジするとき、家で自分のパートだけ練習していたら「何、この曲?ヘンなの~」ということも多々ある。それがスタジオで皆の音を合わせると「へえ~、なかなかいいじゃない!」という感じに。

「いつかはライブを」との目標のもと、道のりははるかに遠く長いが、「お疲れだけど夢いっぱい熟女たち」は、次回練習の日を心待ちにしている。それをいろんな面から支えてくれる、優しきベテランバンドマンたち。ありがとうございます!次回ミーティングinファミレスでは、イヤホンをつけたまま大声で話して、皆様に恥をかかせることはしないようにしますので・・・・・
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# by gbsatomi | 2005-03-12 00:03 | MUSIC

コムスメの小道具たちPart2(最愛のコスメたち改め)

以前、某O氏がおっしゃったこの言葉が気にいったので借用しました。元美容ライター志望のコスメおたくがおすすめする、変身用小道具の数々。

さて、今回はドラッグストアなどで手に入るチープコスメのすぐれものをご紹介しましょう。
チープだからと侮ることなかれ。なかなかの実力派ぞろいですよ。

まず、私が命をかけているマスカラの下地に使っているのがこれ、メイベリン ラッシュディスカバリー(定価¥1200)
b0036381_275295.jpgこれは細いブラシが、まつげ1本1本を適確に捕まえてくれます。そして、しっかり離してくれる。この離れ方はちょっと感動的です。これをマスカラの下地がわりにして塗った上に、強力なカール効果のあるマスカラ(最愛のものが廃番になった今、マスカラジプシーとなっている。ランコムかエスティローダーのウォータープルーフが最近の定番)を重ねづけします。すると、下向きまつげは劇的に上を向き、上3㎜、下2㎜の「目元増大効果」が出るのです。下向きまつげをカールキープするのは、ウォータープルーフマスカラに限ります。

さて、今度は「ごまかす」ためのコスメ。
何をごまかすのか。シワを隠したり、シミを消したり、このトシになるとあちこちごまかしたいじゃないですか。幸いなことに私にはシミはないので、やはりシワをどうにかしたい。とくに眉間のシワ。くっきりと刻みこまれてしまって、自分がいかに、いつも苦悩しているかがわかります。(涙
そんなシワを目立たなくしてくれる「ごまかしコスメ」がこれ、ポーラデイリーコスメの「アルブ エイジ カバー&リフトエッセンス」。b0036381_2113136.jpgつい、うっかりこれを塗り忘れて、メイクをフィニッシュすると、ユウウツな気分になります。それほどお気に入り。これも定価980円。シワ隠し用化粧品て高価なものもあるみたいだけど、これで十分じゃないかな、と思います。



でもね、いろいろ隠したりしてもまず基本は洗顔。そこでクレンジング=メーク落としから始めましょう。









メーク落としはきちんとしましょう。私のおすすめはオイルクレンジング。一押しは「インターフェイス オリーブクレンジングオイル」(¥1800)です。この値段がチープかというと、意見の分かれるところです。たしかに1000円以下のオイルもたくさんあります。でも、それらは鉱物油を使っているのです。。b0036381_2133377.jpgオイルを手にとり、顔に伸ばした後、手を水で洗ってみてください。ヌルヌルがいつまでもとれない場合はそれは鉱物油です。鉱物油の何がいけないのか、化学的な説明ができないのですが、オリーブというヘルシーな植物と比べるといかにも、という感じでしょ?上質なオリーブオイルを使っているこの商品は水洗いでさっと流れます。大手メーカーだと4~5000円もするオリーブオイルクレンジングが、この品質でこの値段はとてもリーズナブルだと思います。











マスカラなどでアイメイクをきちんとしている場合、専用のリムーバーで落とさないとね。マスカラ歴20年以上の私は長年いろいろと試しました。某外国メーカーのものは¥4000もしたのに、目にしみてどうしようもありませんでした。費用対効果で「これはいい!」と私の定番になったのがコーセーの「パーフェクトメイクアップリムーバー」。b0036381_2145264.jpgまず、どんなにたくさん使っても全然目にしみないやさしさがいい。そして繊維入り・ウォータープルーフマスカラでもきちんと落とせます。¥1000で140mlというのも嬉しいところ。











さて、いよいよ本日の真打ち登場、メイクをきれいに落とした後は石鹸です。

「CPホワイトソープ」。(¥1000)ホワイトという名前でも、青色の石鹸です。はっきり言ってこれは超おすすめ!これで朝晩洗えば、美肌になること間違いなし。私の肌が現在どんどん衰えているのは、不精しているせいもあるけど、最近これをずっと使ってなかったことも原因のひとつです。これは、ケミカルピーリング効果のある石鹸です。フルーツ酸(AHA)という成分が、肌をピーリング(剥がす)してくれるのです。といっても、もちろん美容皮膚科で受けるような、強いものではありません。ほんの少量フルーツ酸が入っているので、毎日続けることにより、角質のない、透明感のある素肌になります。b0036381_226478.jpg

使い方がちょっとユニーク。泡立てネットなどで、ホイップクリームのような泡を立てます。それを顔じゅうに塗りたくる。決してゴシゴシしない。泡で顔にパックをする感じです。そのまましばらく置いてください。すると、ちょっとピリ、ピリとしてきます。これがピーリング効果。余分な角質が剥がれ落ちていくのです。あとはきれいに流すだけ。すると、今までの石鹸では体験したことのないような「ツルツル感」に驚きます。これはもうやみつきになることうけあい。
不思議なもので、お手入れをきちんとして、角質がたまっていないときは、「ピリピリ」までの時間が早い。逆に、手入れを怠っている場合、角質がたまっていて、「層」になっているのか、なかなかピリピリしてこないのです。

ちなみに腰痛騒動で顔を洗うのもままならなかった私の肌は、現在悲惨なことになっています。実は今でもきちんと洗顔できるのはお風呂の中だけ。本当は朝からこの石鹸でしっかり洗いたいんだけどね。。。

というわけで、実力派掘り出し物のチープコスメをいくつか紹介しました。私は近所のドラッグ&ディスカウントストアで買うのですべて定価の2割引!でもかけられるものならお金をかけたいのも女心。
先日、デパートでYSLの美容部員に声をかけられ、25000円もするクリームを塗ってメイクしてもらった時のこと。
「きれいなお肌ですねえ」
「いや~40歳過ぎるととてもとても…」
「えっ!40歳?とても40過ぎのお肌には見えませんわ~」
見え見えのセールストークでも、おだてられてイヤな気はしない。
「これは、保湿・美白・下地・すべて兼ね備えたクリームなんです。これさえ1コあれば全部済むんです」
確かに、使用感はいままでに経験したことないほど良かった。「う~ん、25000円ね…」
それだけ出してキレイになれるのなら、なれるかしら、なれれば…なんだか5段活用のようだ。頭の中でほのかな期待と、卑屈なあきらめと、厳しい財布の中身が交差する。
結局、私はお愛想笑いを浮かべて、何も買わずその場を去った。

以前、取材した美容皮膚科の医師の言葉を思い出す。
「今は、お金さえ出せばいくらでもキレイになれるんです」

でも出せないものは出せないし…だから頼れるチープコスメをさらに発見していきたい、と考える次第です。
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# by gbsatomi | 2005-03-01 02:44 | BEAUTY

今年もチョコが日本中を飛び交う(20年前のOL編)

バレンタイン回想録第2弾は花のOL時代。
実質3年足らずという「腰掛けOL」(今は死語ですね)だったが、自宅通勤なのに一銭も家にお金を入れず、自分のことだけ考えていればよかった、人生で最高にのんきな時期であった。

私が入社したのが1985年だから、バレンタイン的には「義理チョコ」が市民権を得た頃、といえるだろう。
社内でも、その前日に各フロアをまわり、「明日お願いね」と「選挙運動」する同期の男性社員D君がいた。彼の報告によると、運動の効果が実り、本社で一番モテたI君についでチョコ獲得数2位だったと自慢していた。しかし同期男性ダントツ1位は現ユニ○ロ社長のT君。幼稚舎からの慶應ボーイでラグビー部レギュラー、わが社らしからぬ華やかなルックスを持つ彼は、そのとき千葉工場にいたにもかかわらず、本社や各支店から社内メールでチョコが殺到したというモテ男だった。ちなみに私はあげてません。
この頃は、①「義理以外のなにものでもないモロ義理チョコ」と、②「義理以上、絶対本命ではない仲良しチョコ」そして③「あなただけよ大本命チョコ」に分かれていたような気がする。
私の場合、妙齢というのに③は悲しいことに、いない年もあった。すると、②を面白おかしく選ぶことが、バレンタインの時期ならではの楽しみでもあった。

私の所属していた部は100人超の大所帯。その中で独身男性は5、6人という圧倒的オヤジの職場だった。そしてこの中に「仲良しおじさん」が何人かいた。
それは、たまに誘われて飲みに行ったり、お寿司を食べたり、カラオケに行ったり、はたまた銀座や六本木のライブハウスに連れていってもらったりする人達のことで、もちろんそれは複数で行くことであり、120%、健全なものであった。いずれも40半ばくらいのおじ様たちだったから、娘を連れて行くようなものだったのだろう。若手同士でアフター5を楽しむこともあったが、おじ様たちに同行するのも、それはそれで楽しいものだった。
こういう人たちに渡す「お気楽仲良し義理チョコ」は朝、会っていきなり「はい、チョコです」と手渡しする、オープンなものだ。そのノリで何人かあげた中に、同じフロアだが違う部のTさんがいた。
社内バレーボール大会で親しく話すようになったTさんは、家の方向が同じだったので飲み会の帰りも一緒に電車に乗ることが多く、そんな時は娘さんの大学進学について私に意見を求めてきたりする「いいお父さん」だった。Tさんは、たまたまバレンタインの朝、姿が見えなかったので、机の上に無造作に置いておいた。
その翌日の午後。
「Yちゃん、(私の旧姓)○○部のTさんから電話よ」と先輩の声。えっ、何だろう?仕事上では直接関係ない人から電話って珍しいなあ、と思って出たら
「昨日は朝来て、すぐ出張で福岡に行った。チョコレート、ありがとう。嬉しかった。
(少しの沈黙)それで…今日夜、羽田に来てほしい。○時○分の便で着くから。羽田東急ホテルで会いたい」
と言うではないか。
その口調は感情を押さえ強引で、いつものまじめでにこやかなTさんとは全く違った。

これには、世間知らずだった私もたいそう驚き、とまどった。「何か、勘違いしてない…?」しかし、とっさに何と答えていいかわからなかった。
「夕方、もう一度電話するから」と言ってTさんは電話を切った。

どうしよう…そんな…私、Tさんと2人で会うなんてそんなのイヤだわ。ただの仲良し義理チョコなのに、どう受け取られてしまったのか…

今にしてみれば、「えっ?今日?ダメなんです。そんな、お気遣いなく。ただの義理チョコなんだから」などと言えばよかったものを、当時はそうやって上手く切り返すこともできなかったのだ。夕方、もう一度電話がある前に何か対策をとらなければいけない。そこで愚かな私が考えたのは、違う会社にいたK君に電話をかけることだった。

K君は、学生時代にホームステイ先で知り合った仲間で、就職先も私の会社から3軒となりのビルだったりしたので、彼の職場の仲間と私の職場の仲間でいわば、「グループ交際」的なことをしていた。当時彼とは「友達以上、恋人未満」という言葉がぴったりの関係だった。
「ねえ、今日夜、羽田につきあって。私、車を出すから。実は会社のおじさんが
これこれしかじかで…一緒についてきてほしいの」
携帯もメールもない時代のことである。就業時間にこんな電話をしていたのだ。
K君は、私の急な申し出を引き受けてくれた。

そして夕方、約束どおりTさんから電話があった。
「あの、私の友達も一緒に行っていいですか?彼は○○○(会社名)のエンジニアで、Tさん(同じくエンジニア)ともお話が合うと思うんです…」と、何とも間抜けなことを言った私に、Tさんは、「そう、わかった。いいよ。じゃあ、○時に羽田東急のロビーで。飛行機の発着が見えるレストランで、あなたと話がしたいと思ってたんだ」と言った。

そして約束どおり、そのレストランで3人で会い、当たり障りのない話をして、適当な時間に別れた。食事代は、すべてTさんが持ってくれた。

今考えたら、私は2人の男性に対してとても失礼なことをしていたわけで、悪気はまったくなかったとはいえ、若気のいたり、はたまた世間知らずの骨頂というべきか、何とも愚かなことをしたものだと思う。
バカ正直で、不器用で、世事にうとかったOL時代、他にも似た類のことをいくつかしていた。後に、あれもいい社会勉強であったと思ったが、教材にされてしまった方たちには大変申し訳かったと今でも反省している。

時は流れて、社会で女性の立場が圧倒的に強くなり、また企業においても「腰掛けOL」なんて化石のような人種はいなくなった今、職場のバレンタイン模様もかつてとは様変わりしていることだろう。変わっていないのは、デパ地下のチョコ売り場の混雑と、あれこれ楽しく選ぶ女心、そして、たとえ義理でも、女性にチョコをもらうと嬉しい(のかな?)という男性心理であろうか???
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# by gbsatomi | 2005-02-13 01:08 | DIARY

今年もチョコが日本中を飛び交う(青春の入り口編)

というわけで、いよいよ近づいてきたバレンタインデー。
ローマの殉教者、St.Valentineの命日にちなんで、欧米ではこの日、恋人同士がプレゼントを交わす日とされる。特にこの日は、女性が男性に愛を告白してもよい、とされたわけで、それは「愛の告白」などというものは、通常男性から女性にするものとされていた古き良き時代の「特別な」風習とでもいうものだった。だから特別な意味を持つこの日の存在意義があったのだ。
昨今では洋の東西を問わず女性から男性に告白することは日常茶飯事、とまでいかなくても珍しいことではないだろうから、このSt.Valentine’s dayは、欧米ではとりたてて意味のある日でもないのかもしれない。

ところが日本では、チョコレート業界全売上げのなんと9割がこの時期のものという、国民的一大イベントになってしまった。
仕掛け人は神戸のチョコレートメーカーといわれている。その商戦が大当たりし、いまや老いも若きも、国民全女性こぞってといっていいほどチョコを買い、「本命」以外の「義理チョコ」探しに精を出すという、なんとも日本的な風習を生み出しているのだ。b0036381_2130696.gif

さて、ご多分にもれず「義理チョコ」を買う私ではあるが、本当はこんな商魂にのってしまうのはイヤで、できればみんなが純粋にonly oneのチョコをあげるべきだと思っている。
だって、女性には本当はそれが一番幸せなはずだから。
中1のとき、初めてバレンタインにチョコを渡した、あのドキドキする高揚感は、たった1人の人に渡すから味わえるものだと思うからだ。

その頃、違うクラスのT君に憧れていて、彼にチョコを渡せたらなあ、と思っていた。そして、同じクラスで彼とバスケット部で仲の良かったO君に、T君のことをリサーチし始めた。
O君は面白がって、T君のことをいろいろと教えてくれた。「付き合ってる彼女?いないみたいだよ。どんな子が好きかって?髪の長い子みたい。ねえ、なんでそんなこと聞くの?」
「いや…ちょっとね。なんでもない」
このリサーチは3日ほど続き、そのたびに彼はニヤニヤ笑いながら「なんでそんなこと聞くの?」と尋ねた。答えはわかってるはずなのに。私は「いや、なんでもない」と答え続けた。

そしてある土曜日の午後。意を決して私は、親友と一緒にデパートにチョコを買いに行った。
あのときの、大人になったような気分は忘れられない。
デパートなんて、親と行くものと思っていた場所。そこに、友達と来ただけでも興奮する出来事なのに、さらにお互い好きな男の子のためのチョコを選びに来たという事実が、当時の13才の少女には十分すぎる、刺激的な体験だった。
といっても、チョコ選びなんてあっさりしたもの。
私の記憶では、現在ほど大規模で派手な売り場もなく、1ヶ所にチョコが集まっていた。その中でお小遣いで買える範囲の、せいいっぱい大人ぽいものを選んだつもりだった。
でも、そのチョコを学校に持っていくために包んだのがスヌーピーのランチバッグ。いかにも子どもの仕業ではないか。

チョコを買い用意周到となった私は、さらにO君に、T君のことをリサーチした。O君はついに「なんでそんなことばっかり聞くんだよ~、Tのことが好きなんだろ」と言い始めた。
「そんなことないよ」と苦し紛れに言う私にO君は人懐っこい目つきで「だったらなんでそんなにTのことが気になるの?」と問いかける。ついに私は「あの…だから…ちょっと憧れててね」と白状した。O君は我が意を得たとばかりに得意満面になり、さらにT君の攻略法などをいろいろ教えてくれた。当時、O君の斜め後ろの席が私で、休み時間ごとに交わすそういう会話はとても楽しかった。
そのうち、私は「T君にバレンタインのチョコあげたいんだけど、受けとってくれるかな?」と恐る恐る聞いてみた。O君は「そりゃあ、受け取ってくれるよ!」と、自分のことのように喜んで言った。

そして、いよいよ明日がバレンタインという、1976年2月13日。
「女心と秋の空」とはいうが、どういう心境の変化か――私は、急にO君にチョコをあげよう、と決心したのだ。
「白状」して以来、O君は自ら私に「Tはねえ~」などと、T君の話をするようになった。昨日の部活での出来事など、面白そうに解説してくれるのだ。その人懐っこい笑顔が私の琴線に触れてしまったのか?自分でもどうしてそういう行動をとったのかわからない。
とにかく、「O君っていい人だな」と思い始めた私は、話したこともないT君にあげるより、O君にあげよう、とバレンタイン前日に初心を覆してしまったのだ。

さて、当日。
スヌーピーの紙袋に入れたチョコを革の学生鞄に押し込み、ドキドキしながら学校に持っていった。朝のHRでは先生が型通りに「今日はチョコなんて持ってきた子、いないでしょうね」と念を押す。
禁じられていることを実行する、ということに少し罪悪感を覚えたが、それがまた何ともいえない快感でもあった。
放課後、女友達の協力を得てO君を校舎の陰に呼び出す。飄々とやってきた彼の面持ちは、まさかチョコを渡されるなんて予想もしていないように見えた。
私のドキドキも最高潮に達する。けど、しっかり言わなくちゃ。
「はい、これ、チョコレート…あげる!」
「?……………あ、ありがとう…」
人懐っこい目を一層丸くして、彼は言った。キツネにつままれたような気分だったに違いない。
その間、ほんの15秒足らず。甘酸っぱい私のファースト・バレンタインだった。

その日、家に帰ってから私は自分のしたことを後悔し始めた。O君に渡してしまったことにより、もう明日から恥ずかしくて彼と話せないような気がしたのだ。
こんなことなら、クラスも違って顔も合わすことのないT君にあげたほうがずっと良かった、当初の予定どおり…と後悔の念が強く残った。

そして翌日。
不安な気持ちで登校した私に、先に来ていたO君は振り返って、ちょっと照れくさそうに、でもきっぱりと爽やかに言った。
「昨日は、チョコレート、ありがとう!」
いつもの人懐っこい笑顔だった。
何と答えたか覚えていない。でもこれで、また普通にO君と話せる、との安堵感に覆われたのだった。

義理チョコなんて概念のなかった時代、純粋だった頃のバレンタインの思い出は、今でも色褪せず残っている。
もう二度とできない経験…だろうなぁ~。
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# by gbsatomi | 2005-02-09 17:12 | DIARY

2人の貴人と1人の凡人

突然ですが問題です。
ダイアナ元英国皇太子妃とわが国の皇太子妃雅子さま、そして不肖このわたくし……には、ある共通点があります。それは何でしょうか?
まあ、いったいどういう取り合わせなんでしょう。よくもまあ、いけしゃあしゃあとこんな貴人がたとおのれを並べて、と某O氏に叱られそうですが(^^)
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答えは「同世代」。
ダイアナ元妃は1961年、わたくし1962年、雅子妃殿下1963年生まれ。つまりこのお二方とわたくしは同世代の女性として、この世に生を受けたのでございます。

1981年、弱冠20歳の初々しい皇太子妃の誕生に、英国のみならず世界中が熱狂した。
その類稀なる美貌と気品で、人々を魅了したダイアナ妃。
2人の王子に恵まれ、その人生は絵にかいたようなシンデレラストーリーとなるはずだった。
ところが、彼女はやがて「元妃」と呼ばれるようになり、悲惨な交通事故で36年の生涯を閉じてしまうことになる。

お正月に、あるニュース番組で「独占!ダイアナ元妃未公開ビデオ」と題した、いかにもセンセーショナルなコーナーをやっていた。それは、元妃が彼女のボイストレーナーに、自分の半生を赤裸々に語る、というものだった。
元妃は離婚後、HRH(Her Royal Highness)の称号をいかして、社会に関わっていこうとした。慈善活動に力を入れ、対人地雷の廃絶運動に貢献した。その頃の彼女のスピーチを見ると、実に堂々としていて、昔「Shy Di」と言われ、上目遣いでぼそぼそと話していた姿はみじんもない、強く生きる大人の女性に変身していた。それは、このボイストレーニングによるものだったというのだ。

問題のビデオは、トレーナー氏が彼女の家で撮影したものだった。元妃は、問われるままに、チャールズとの結婚にまつわる信じられないような話を、リラックスして語っていた。
その中で、元妃が突然「キャーハッハッハ!キャーッ!」と大笑いする場面があった。それは、あのダイアナ妃が、こんな笑い方を…?と誰もが思う―まるで下町のおばさんのような―笑い方だった。すかさず次男ヘンリー王子が「ママ、ビデオがまわっているんだよ、下品だよ」と、かわいい声で言う。それに対し「Sorry!」と言いながらまだ大笑いを続ける元妃。
トレーナー氏によると、彼女が自信を持って堂々と人前で話せるようになるためには、自分を洗いざらいさらけ出して、自分を見つめ直すことが必要とのことだった。つまり、彼女はビデオカメラに向って自らを語ることにより、鏡と向き合っているような効果があり、このトレーニングを積むことにより人前で堂々とスピーチができるようになる、というのだ。

その内容は、チャールズ皇太子と結婚するまでに13回しか会ってなかったことや、結婚後の性生活、彼女の愛人だった元ボディガードが「始末」されたことなど、暴露本のような内容が屈託のない笑顔で語られていた。まさか、彼女はこのビデオが後に日本のニュースで流されるなど想像もしなかっただろう。トレーナー氏は「なぜこのビデオを公開したのですか」という問いに「真実を伝えるため」と答えた。とはいうものの、これは故人を冒涜する行為ではないか。
「死人に口なし」。「パパラッチ」という言葉が横行したが、彼女の生涯は死してなお、世界中の好奇の目にさらされるという運命なのか。

世界的な「スター」だったダイアナ妃にまつわる話は、日本でもしばしば報じられた。「ロックバンド『Duran Duran』のファンで、彼らの演奏を宮殿で楽しんだ」と聞いたとき、その頃の流行りの音楽を好む、普通の女の子と変わらない人なんだと親近感を覚えたものだ。そして、チャールズ皇太子には年上の愛人、カミラ・パーカー・ボウルズ夫人がいる、ということが写真つきで伝えられた時、「あんな若くてきれいなお嫁さんをもらいながら、こんなしわくちゃおばさんと…」と思ったのは私だけではあるまい。
ダイアナは幼いとき両親が離婚して母親が家を出ていき、愛情に飢えていた。
「私は愛を求めて結婚した」と、彼女はビデオで語った。しかし、チャールズは結婚前からあったカミラとの関係を続け、形ばかりの夫婦となったダイアナは孤独と戦っていたのだ。

やがて別居、離婚となり、独身で将来の英国国王の母となった彼女のまわりには、より華やかな話題がついてまわった。
1997年パリで起こった悲劇は、表向きにはパパラッチから逃れるために猛スピードで走行中の事故だったとされているが、陰謀だったという説が根強く残っている。彼女はボーイフレンドのエジプト人富豪、ドディ・アルファイド氏と同乗していた。そして彼の子を身ごもっていて、将来の英国国王(ウィリアム王子)の異父兄弟にエジプト人の血が混じることを嫌った王室及びその周辺が、「始末」を…という、恐ろしい話もまことしやかに伝えられている。
真相は藪の中だ。
救急隊が到着したときの呼びかけに、彼女が息も絶え絶えに発した最後の言葉が「Leave me alone」だったという。
あまりに悲しすぎる言葉ではないか。
アルファイド氏は彼女が求め続けた「愛」を与えてくれる最初で最後の男性だったのかもしれない。数々の浮名を流した彼女だったが、女性としての本当の幸せをやっと掴んだのかもしれないというのに。
何よりも、母としてまだ年端もいかない男の子2人を置いて逝ってしまうのは、どんなに心残りだったことだろう。
数奇な運命に翻弄されたダイアナ妃の生涯を思うとき、異国の凡人である私は、同世代の女性そして同じく男子2人の母としてシンパシーを感じ、冥福を祈らずにはいられない。

そしてわが国の皇太子妃雅子さま。
「適応障害」ということで、もう1年以上も公務を離れ静養を続けられている。お世継ぎ問題、新しい公務のあり方等、皇室には様々な問題が噴出しているようである。
「ご婚約内定」のニュース速報を見たとき、私の世代の多くの女性が「えっ!本当!?」と思ったのではないだろうか。
「小和田雅子さん」は、当時の若いキャリアウーマンの、名実ともにトップをひた走る人であった。そんな人が皇室に入って、まるで飾り物のように微笑みながら手をふるだけ(のように見える)お妃の役目に甘んじていられるのか。いささか不敬な言い方だが、そう感じた人は少なからずいるのではないだろうか。

雅子さまは、新年の一般参賀に1回だけお出ましになった。笑顔でお元気そうに見えたが、公務の本格復帰はまだのようだ。しかし、最近、林田東宮大夫が「今後は愛子さまも一緒に公務に連れていかれることもある」と会見し、その第1回目が2月に長野で行われる、スペシャルオリンピックス冬季世界大会であるとも伝えられている。もしこれが事実ならば、3才になりたての愛子さまをこの寒い時期に遠い場所に連れ出し、一定時間拘束するのは、どう考えても無理がある。それが宮内庁の意見なのか、皇太子ご夫妻のご意向なのかはわからないが、やはり雅子さまの精神面でのご体調は完全とはいえないのではないだろうか。
かつて外国メディアに「かごの鳥」とも伝えられた雅子さま。ご結婚直後の、輝くような笑顔を取り戻されてほしいと、切に願う。

同世代の2人の貴人の人生に思いを馳せながら、凡人は思う。
平凡きわまりない名もなき人生。なかなか思うようにいかない人生。欲しいものが簡単に手に入らない人生。生活するためにせっせと働く人生――でもこれでよかったのかな、と。
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# by gbsatomi | 2005-01-24 00:03 | DIARY

ながらくご無沙汰いたしました

皆様、お久しぶりでございます。
「冬眠」している間に、いつしか2005年となり、その新年のご挨拶をする機会も逸してしまいました。
その間、この拙いブログに連日お越しいただき、ありがとうございました。そして、来る日も来る日も更新することができず、大変申し訳ありませんでした。
わたくし、「椎間板症」にて、家庭内入院生活を余儀なくされていたのでした。

それは、昨年12月25日の朝、急に私を襲いました。
「腰が痛い!」
何をきっかけにしたわけでもなく、突然歩行困難に。
とりあえず、ソファに横たわると、もうそのまま起きあがれませんでした。

「ぎっくり腰」ってやつかしら…よく3日間寝たきりだった、などという話を聞くし。
と自分で判断して、本当に寝たきりの生活になりました。ところが4日たっても、治るどころか、悪化するばかり。横たわる以外、何もできません。歩くことはもちろん、立つことも座ることも。寝ているときでさえ、痛みが走ります。
連日の忘年会で飲んだくれていたDも、さすがに病院に行くべきだと言いました。近所の整形外科が29日まで診療していたので、駆け込みセーフで担ぎこまれました。

レントゲンを撮ると、椎間板の最下部の間が狭まっている。これが痛みの原因だと言われました。
Dr.は「何もすることはありませんね。安静にしているしかないです」とおっしゃる。
「(リハビリの機械を指さして)ああいうの、やってもらえないんですか?」
「かえってだめになります。安静にするだけです」

その瞬間、我が家には年越しもお正月もないことが判明しました。
ああ、なんと情けない。
12月25日といえば、一家の主婦としてはさあ、これから一年の総決算、大掃除にお正月準備、おせちづくり、と普段手のまわらない家事を一気に行う、最も忙しい時期であります。
教師も走るという、日本中がせわしなく動くその時期に、私はマグロの水揚げのごとく、ただ横たわっているしかなかったのです…

皇太子妃雅子さまは静養のためご公務をずっと休まれていますが、我が家のさとみさまもお正月の公務ならぬ恒例行事をすべて欠席することになりました。
元旦は結婚以来欠かさず行っている、亡き舅の墓参。(昨年からは私の母の墓参も加わりました)2日は実家の親戚が一堂に会します。私は母のかわりにホステス役を務めねばならないというのに。
「もう仕方ないわ」
寝込んで1週間、その頃にはあきらめもつき、家族が出ていった後、一人静かに本を読み、CDを聴いたのでした。

25日から慌てて作ろうと思っていた年賀状もついに出せずじまいでした。
いただいた皆様、申し訳ありません。この場を借りてお詫び申し上げます。
また、さつきが丘フィールズ関係者の方々にはお見舞いや激励のお言葉をいただき、いろいろとお世話になり、本当に感謝しております。
現在、痛みはまだありますが、このように少し文章が書けるほど回復しました。
ただ、歩き方はよぼよぼと、90才の老人より遅い足取りですし、長時間座ることも立つこともまだできません。
ある程度痛みがひいてくると、少しは運動をしたほうがいいという説もあり、今後どのようにしたら回復につながるのかと、悩んでいるところです。
腰痛克服にまつわる、皆様の情報をお寄せいただければ幸いです。

そして最後になりましたが・・・・・・
このブログには、私が存じ上げない、多くの方々が連日訪れてくださっているようです。私は、さつきが丘関係者のほかにこの存在を誰にも教えていないので、過去の記事を読んでくださった方々や、仲間のブログから訪れてくださった方々と拝察いたします。
インターネットとはそういう世界なのでしょうが、このような拙文を見知らぬ方に見ていただくのは、気恥ずかしいのと同時に、大変な励みともなります。
仮にも、モノ書きの最末端で仕事をしている者なので、文章を書くことは好きなのです。
全く更新できてなかったにもかかわらず、ご訪問してくださったことに感謝申し上げます。
そして今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
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# by gbsatomi | 2005-01-17 22:22 | DIARY

「愛」についてちょっと考えてみた

なぜにいきなり「愛」?…
…数日来ジョンの世界に浸っているから?いえ、そういうわけではありません。

今日、ある女性を取材した。彼女は、私に「ストーリーテリング」というものをやってくれた。イギリスの児童文学作家、ファージョン作の「ボタンインコ」というお話。あるジプシーの少女をめぐるファンタスティックな話だった。その邦題「ボタンインコ」は、原題は「Love Bird」というらしい。あえて邦題を使う理由として、彼女は「Love」って言葉は、日本ではえてして「性愛」の意味あいで使われるから。英語では、「Love」はもっと普遍的なものだから、と言った。

そうかあ…そうだよね。英語圏の人々ってすぐにLoveを連発するよね。あれってLoveの安売りじゃなくって、もしかしたら、日本人が使うLoveよりもっと崇高なものかもしれない。キリスト教では「汝の隣人を愛しなさい」とかいうらしい。日本語的感覚だと、「人を愛する」って言ったら、やっぱり、その…「恋愛」を思い浮かべるでしょう。すると、その範囲は自ずから限られてくる。若い人にしか関係ないもの、既婚者には関係ないもの……
だから、若者の間では、男女が相思相愛なことを「ラブラブ」(もう古いかな?)なんて言うんでしょ。こっちのほうが、よっぽど「Love」の安売りなんじゃないかしら。。。

そんなことをボーっと考えながら帰ってきて、新聞をパラパラとめくっていると、「読者の悩み相談室」みたいなコーナーがあって、回答者はあのピーコ。
46才で夫も子どももいる主婦が、5年間妻子ある人とつきあっていて、彼のほうはもともと夫婦不仲で、最近離婚したという。ところが、彼は彼女(相談者)に、別れを告げた。独り身になったというのに。相談者は「私は彼を大好き。こんな恋はもう一生できない。夫も子どももいる幸せな家庭にいて、恋をしてはいけないのでしょうか。去っていく彼を追うのは無駄なことですか?」という内容。
まあ。お気楽な人もいるものだな、もしかしたら「サクラ」記事かもしれないけど…と思いながらピーコの回答を読んだら
「あなたの恋は5年間、無駄だったのよ」。
いわく、「恋は欲望。愛は、どれだけ相手に何かをしてあげられるか」ということらしい。

うん…ピーコの考えがすべて正しいわけではないでしょうけど、彼(彼女?)の言う「愛」は、Love本来の意味に近いかもね、なんて、今日の取材を思い出しながら考えた。

さらに新聞の別刷りを見ると、サンテグジュぺリの「星の王子様」の記事があり、
いくつかの日本語訳があった。

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
「いま、こうして目の前に見ているのは、人間の外がわだけだ、一ばんたいせつなものは、目に見えないのだ……」

肝心なことは目に見えない、か……もしかしたら、既に経験しているのかもしれない。
私の好きなジョンの曲「Oh My Love」には♪My eyes are wide open という一節がある。
そしてジョンの名曲「Love」は、邦訳の必要がないほどシンプルな歌詞だ。

Love is real,
Real is love
Love is feeling,
Feeling love
Love is wanting
To be loved.

Love is touch,
Touch is love
Love is reaching,
Reaching love
Love is asking
To be loved.

Love is you
You and me
Love is knowing
We can be

Love is free,
Free is love
Love is living,
Living love
Love is needing
To be loved.

今日、取材した彼女が「どんな子どもでも、愛されたい、認められたいと思っている」と言った。
〝大人だってそうだよね〟と私は心の中でつぶやいた。
例えどんな人でも――みんなに相手にされない人、批難される人、逆に富も名声も得てこれ以上幸せな人はない、と思われるような人でも――みんな昔は子どもだったしね。

「愛」ってなんだろう?
もう、照れずにそんなことを真面目に考えてもいいような年齢だと思った、今日の出来事でした。
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# by gbsatomi | 2004-12-12 00:25 | DIARY

LIFE BEGINS AT 40 ~ジョンの命日に寄せて

Dear JOHN

あなたが突然いなくなって今日で24年たちました。
早いものですね。世界中のあなたのファンが、この日がくると、いつもあなたのことを偲んでいると思います。そして、流れた月日を自分の人生に重ね合わせて、感慨深く思っているのではないでしょうか。
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あなたの歌声を初めて聴いて衝撃を受けてから30年。
近年あなたの歌声をよく聴くようになり、あなたとの「縁」を感じます。
「縁」なんてなれなれしくごめんなさいね。日本のたかが一ファンとあなたのような超有名人に「縁」なんてあるわけないのに。でも、誰にでもそう思わせる不思議な親近感が、あなたの特徴だと思うのです。スーパースターらしからぬ、身近な人、って錯覚してしまうような…だから、あえて「縁」と言わせてもらいますね。

あのとき、私は18才。日本では9日でした。受験を控えた高校生は、学校帰りに本屋さんをはしごしていました。参考書を読み漁って、気がつけば6時すぎ。慌てて電車にのったとき、ふと目にとまったスポーツ紙の文字。あの衝撃は一生忘れられません。
「ジョン・レノン射殺」

しゃさつ……って?何?どういうこと?
ボキャブラリーのなかった私は、「射殺」とは、犯罪者が受ける刑のことかと思いました。「そんなわけないじゃない、ジョンがそんなこと。だって新曲出したばかりなのに」
外国の新聞にあるような、エイプリル・フールのジョーク?とも思いました。でも今は12月。じゃあ、なぜ?どうしてあんなことが書いてあるの。
頭の中は?マークでいっぱい。「いったい、どういうこと…?」そんな私に、NHKの7時のニュースのアナウンサーの冷静な言葉が突き刺さりました。「元ビートルズのジョン・レノンがニューヨークの自宅前で射殺されました」

あのときから、1年間、あなたのことに関して私の中で時が止まりました。「信じない」ことによって自分を守っていたのだと思います。本当にあなたの死を実感したのは1年後。そのとき初めて悲しくなりました。

時は流れて。18才の少女は、りっぱなオバさんになってしまいました。
ビートルズを卒業してからも、いろいろな洋楽を聴きました。10代の頃、湯川れい子さんが「エルビス命」と言って、多方面で活躍しているのを見て、「私も、こんな40才くらいのおばさんになっても、いつまでもロックが好きでいたい」と思いました。今、まさにそんな日々が私に訪れているのです。そしてそれは、2年前のあなたの命日がきっかけでした。私はそのとき、ちょうど40才でした。

ちょうどその日に仕事で出会った、あるバンドをきっかけとして、今まで知らなかったビートルズの世界が開けました。b0036381_18544178.gif
「コピーバンド」……アマチュアでそのような人たちが、たくさんいるのです。日本の、ここ千葉のごく限られた地域にも。
私が長年秘めていたビートルズへの、そしてあなたへの情熱を、共有できる人たちと出会うことができました。さらには、ビートルズに限らず、昔好きだった音楽のことまで語れるような人の輪も広がったんです。今までそんな環境にいなかった私にとって、これは大きな喜びでした。
コピーバンドっていっぱいあって、それぞれ特徴があって面白いんですよ。例えば「S・F」は、コスプレをするんです。スーツも楽器も、そしてカツラまで。
ここのジョンさんは、同じジョンファンといっても私ほど考えが偏ってなくて、いつももっと広い視野に立った考えを示してくれます。彼はとても研究熱心で、いろいろ教えられることが多く、拙い私との議論にもつきあってくれます。そして彼は私の伴奏で歌ってくれたこともあるんですよ、あなたの曲を。長年の夢が叶った瞬間でした。
「R」というバンドのジョンさんは、あなたに似た声質と風貌で、観客を喜ばせてくれます。あなたに並々ならぬ愛情を持っている人です。マニアックともいえるほど、あなたを研究しています。その尖った考えには、私はしばしば同意してしまいます。ヨーコの事やソロアルバムのことなどね。
「P・O」というバンドのジョンさんは、とても歌の上手な人。彼の「GOD」を聴いたとき、私は、本当に魂が抜けてしまいました。「I was a dream weaver~」の部分は、ホンモノのあなたが歌っているかのようでした。ここ数年日本で行われているあなたのイベントについて、私が意見を述べたら、彼は思わず私の手をとって同意の握手をしてくれました。そのとき「ご同輩!」って言葉が、その手から伝わってきました。

いずれも社会の第一線で活躍している、大の男たちです。世界中のあちこちに、このような人たちがいるのでしょう。彼らが心酔してやまない、あなたの魅力の深さを思い知らされます。
私は女ですけど、あなたのルックスがカッコいいとか思ったことはありません。私が好きなのはあなたの声と歌い方。これが一番好き。シンプルなのに心に残る歌詞、激しさの中にも、ちょっと哀しくてソウルフルなサウンドが好き。そして自分に正直な、気取らない生き方――ハチャメチャな生き方を隠さない所が好き。だから世間でなんと言われようと、私はあなたのことを「愛と平和の使者」なんて思ってません。あなたは、ただのロックンローラー。でも世界で一番カッコいい、真のロックンローラーなのです。

「Life begins at 40」ってあなたは言いましたね。
その40才になった途端にあなたはいなくなってしまった。そして私は40才になってから、あなたの残してくれた素晴らしい音楽によって、人生を少し豊かにすることができました。
だけど人生はいいことばかりじゃない。つらいことも悲しいこともいっぱいあります。でも、あなたの分までも――とても図々しい言い方ですが――私は生きていたいと思います。だって人生は40才から始まる、ってあなたが教えてくれたんだから。

そしていつか天国に行ったなら…あなたに絶対会いたいです。今年、夢の中に出てきてくれたあなたの、そのきれいな茶色の髪を、この目で見たいから。
                          Sincerely,
                            Satomi
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More ♪satomi流 追悼のしかた
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# by gbsatomi | 2004-12-08 19:07 | LOVING JOHN & FAB4

マツケンは一日にして成らず

芸能ニュースなど好きじゃない私だが、なぜか芸能ネタが続いている。というのは、先日、「FNS歌謡祭」で話題の「マツケン」を見て、ちょっとしたショックを受けたからだ。b0036381_10104611.jpg紅白に出るとかなんとか、少し前から何となく小耳にはさんではいたが、「ちょっと落ち目の芸能人が話題作りにやってるんでしょ」とタカをくくっていた。高橋秀樹が前にとんねるずの番組で、何だかおちゃらけたキャラを演じて人気者になったことがあったというでしょ、(見たことないけど)それみたいなものだと思ってたのだ。時代劇も廃れてしまったしねえ。

お目当ての「ポルノグラフィティ」が出なくて残念がっている次男は「そうだ、マツケンが出るんだ」などと言っている。「ねえねえ、マツケンサンバって何かお笑い番組から出てきたものなの?」と聞いたら「違うよ。この人が勝手にやってるんだよ」「そんなぁ、勝手に自分からこんなことやって売り出したの?かりにも時代劇のトップスターが…」何だかよくわからないな~。でも一度見てみようかな。そして番組は粛々と進んだ。キッチンにいた私に「ママ、始まるよ」との声。いよいよ「マツケン」の登場だ。よし、暴れん坊将軍様のエンタテイナーぶりを、このSATOMIがたっぷりと見て進ぜようではないか。

総スパンコールの着流し、ヅラにはかんざしのようなものを二本たらしているその姿は、美川憲一も真っ青。「あーあ、大地真央は離婚して正解だったね」などと思ったが、曲が始まってびっくり!正式には「マツケンサンバⅡ」というらしいが、その華麗な舞いは、私の目を釘漬けにしてしまった。
バックに従えるのは、武富士ダンサーズが着物に着替えたような大勢の女性陣、そしてサムライ姿の男性ダンサーズも。51才の「マツケン」は踊る、まわる、走る。広い舞台を縦横無尽に使っている。しかもその「踊り」は抜群に上手いのだ。ガタイがいいのに、動きは軽やか。衣装も相当重いはずなのに、そんな様子は微塵も見せず、常に笑顔。あんなキンキンキラキラの殿様姿と、バックで踊る「バカ殿さま」に出てくるような女中たち…暑苦しいはずのビジュアルなのに、少しもそう見えない。それどころか、サンバのリズムにこちらもウキウキしてしまうほどだ。よく見ると、立ち止まっているようでも細かいステップを刻んでいる。そして舞台の端から端まで走り、踊る。キメのポーズなどの所作はバッチリ!さすがに当代きっての時代劇役者だ。華やかこの上ない。
そして、この踊りを「歌いながら」やることに驚いた。息が切れてる様子はないが、あまり上手くないので「口パク」とも思えない。まあ歌はご愛嬌といったところだが。(意外と声が若い)

とにかく、驚いた。一時的な人気とりのようなものだと思ってたら、大間違いだった。
翌朝、私の唯一の芸能情報源である「とくダネ」から仕入れた情報では、なんと「マツケンサンバ」は、松平健がショー(公演)の一番最後でやるお決まりの演目だという。宝塚歌劇でいう、あの大階段のフィナーレのようなものか。もう10年も前からやってきたもので、最近始めたこの「マツケンサンバⅡ」が特に評判がよく、BSやケーブルテレビで放映されたものが、クチコミで人気が出てきたものらしい。(お笑い番組から派生したものではなかったのね、ごめんなさいマツケンさん)
b0036381_14151345.jpgそして、昨日の番組では、「マツケン」の登場時に瞬間最高視聴率28.5%を記録したというからスゴイ。(私だって、キッチンからとんで行って見たくらいだもんね)。う~ん、やっぱりマツケンはホンモノだ。ぽっと出の若い芸人ではないのだ。「とくダネ」によると、本名:鈴木末七。七人兄弟の末っ子。「師匠」と仰ぐ勝新太郎から「10回焼き鳥屋に行くなら1回高級クラブに行け」といわれて育ったという。いわゆる昔ながらの芸能人なんだなあ。
「マツケンサンバⅡ」の振り付けを依頼するとき、彼は「和洋折衷のものを」と言ったそうだ。
なるほど、着物姿で殿様が「サンバ」だもんね。本来ならミスマッチなことを、上手くこなしている。決してキワモノではなかった。
日舞、殺陣や乗馬に加え、殿様らしく見せる所作のために茶道なども学んでいるに違いない。身のこなしはとにかく軽く、優雅で華やかだ。
「芸」を持っているからこそ代表作もあるし地道に活躍もできるし、こういう「変わりダネ」でも勝負できるんだ。マツケン、すごいなあ、見直したよ。来年はNHK大河の「義経」に弁慶役で出るそうだ。義経役はジャニーズで唯一私が認めるタッキーだというし、ちょっと見てみるかな。みんなが「ヨン様」と言っているときに一人だけ「マツケン様」って言っちゃおうかな。

……すっかり「芸能通」になっちゃってる私。「芸能ニュースなど好きじゃない」と高らかに冒頭に宣言したというのに…それほどマツケンサンバに魅せられてしまったのです。
よくできた(訴求力の高い)CMソングなどは、知らず知らずの間に人の脳裏に焼きついているという。何気につい、そのフレーズが出てくるというように。今、私の頭にリフレインするのは「マツケンサンバⅡ」。1度だけ通しで聞いただけなのに、これもスゴイ。なんだか紅白が楽しみになってきた。「松平健ショー」に行けば、あの踊りが見れるのかな。いやいや、そこまでにはなりたくない。そうなっちゃいけない。かりにも「洋楽ロック」一筋に生きてきた私なのだ。

でも、本当の芸を持った芸能人は好きだ。女優でいうと、藤山直美。あの人は自身が強烈なキャラなのに、役になりきることができる、稀有な役者だと思う。彼女と勘九郎が競演した舞台は見たかった。歌手でいうと岩崎宏美の歌なんてお金出して聞いてもいいな、と思う。まあ、そういうわけで私の好みは一般的な若者の好みとは全然違うようだ。(何、あなた若者のつもり!?)

こうなったら最後まで芸能ネタで。最近若者に人気という「ギター侍」波田陽区。b0036381_1417955.jpg
先日その「芸」を初めてじっくりと見たが、どうも私には解せないものだった。
ところが長男は彼が「斬り~っ!!」と叫ぶたびにケラケラ笑っている。何だか、そこで笑わなければいけないかのように。
「これだったらママは『はにわ』のほうが面白いわ」と言ったら……
「わーっははは。『はにわ』だって!」
「いるじゃない、ベース弾いて歌う人。まだあの人のほうが…ん?(気づく)……あ、『はなわ』かぁ~・・・エへへ…」
「人の名前を間違える」「忘れる」これ、すなわちおばさんへの道。
マツケンもそうだが、おばさんも一日にして成らず。こうしたことを積み重ねて、「真正おばさん」になっていくんだ。。。
気をつけなくっちゃ!
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# by gbsatomi | 2004-12-05 14:25 | DIARY

ヨン様VSシン様

似てる?似てない?  とくとご覧あれ。
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(なぜこういう画像をUPすることになったかは、お手数ですが「次のページ」のコメント欄をお読みください!)

(シン様の追想)
ヨン様フィーバーか・・・まったく、こいつのどこがそんなにいいのかなあ。まあ、確かにカッコいいけどさ。・・・・・・・ん?待てよ。こいつ、誰かに似てないか?・・・・・・そ、そうだ、若き日のオレ、オレだよ!(タバコをくゆらせながら、しばし昔を懐かしむ) ああ、あの頃は良かったなあ~。オレがギターを弾いて歌うと、女の子たちが「シンさまあ~!!」って黄色い声を浴びせたものさ。まあ、自分で言うのもナンだけど、K高校ではちょっとした「スター」だったぜ!なんせ「追っかけ」までいたんだからな。フッフッフ・・・・・

そんなオレも、もう40半ば。かつて追っかけてくれた女の子たちも・・・ん?待てよ。オレってもしかして今でも追っかけられてんじゃん。そうだよ!オレがギターを弾いて歌うと、オバさん、いや、元女の子たちが、黄色い、じゃなかった黄土色の声で、「ジョン(do)さま~」って。
そういえば、「ヨン様」を追っかけてるのもおばさん達。オレの追っかけ達も、すっかりおばさんになってしまった。ってことは、オレってもしかして「日本のヨン様」?
そうだよ!つまり、こういうことなんだ。
「ヨン様」≒「シン様」≒「ジョン様」 ほら、字にも共通点があるじゃないか。
そういうことか・・・いやぁ、気分いいなあ。フッフッフ・・・・・

(johndoさまあ、勝手なこと書いてゴメンネ!)

なお、SF-johndo氏によると、「ヨン様」は、「今の日本人風ではない」と。
「昔の男性」―自分たちが若かった頃の―を懐かしんで、中年のおばさん達が追っかけているのではないかと、冷静に分析しておられました。
そして、「伊勢正三」に似てるのではないかとも・・・b0036381_9491143.jpg

More  リアルシン様よりひとこと  (by SF-johndo)
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# by gbsatomi | 2004-12-04 09:50 | DIARY

「ヨン様」に見るプロ意識

ついに「ヨン様」がお帰りになった。世界中に中年日本女性のみなぎるパワーを知らしめた、二度目の来日だった。b0036381_1545224.jpg
成田到着時に出迎え3500人、その後ホテル前での事故騒動があったにもかかわらず、「お見送り」には1000人、そして韓国に帰ったヨン様をいち早く「現地お出迎え」する日本人が200人近く来ていたというから驚きだ。この「ヨン様フィーバー」の中核をなすのが40代だと、各メディアは伝えていた。うーん、これは同じ40代女性として聞き捨てならない。
私がテレビで「追っかけおばさま」たちを見た感想では50代の、それも後半が多いような気がした。少なくとも、10代、20代は圧倒的に少ないといえるだろう。
私自身は、「冬のソナタ」をはじめとする韓国ドラマは見たことないし、ヨン様のことも好きじゃない。最近の彼の容姿は、髪形といい顔といい、何だか中年のおばさんのように見える。(肉体改造してマッチョになったらしいが)
ただ、私はぺ・ヨンジュン氏を嫌いではない。というのは今年の初め頃だったか、彼の初来日のとき、NHKのインタビューを受けているのを見て、何だか日本の売れっ子芸能人に比べて、誠実そうな人柄に見えたからだ。真摯に受け答えしている様子は、ちょっと売れてるからといって天狗になってるような日本の若いタレントとは、違うものがあった。謙虚な感じが好印象だった。そういう「真面目なイメージ」を売りにしている俳優なのかな、と思った。
そして今回の来日。日本の中高年のおばさまたちが手ぐすね引いて待つなか、満を持しての登場だ。何がああも彼女たちを熱狂させるのだろうか。その答えが、前回のインタビューと今回の記者会見でわかったような気がした。

写真集発表など、晴れの舞台になるはずの記者会見で、ヨン様の「ほほ笑み」は見られなかった。ファンがホテル前に押しかけ車を取り囲み、10人がケガをするという事故がおきたためだ。ヨン様は、合掌して「ごめんなさい、今日はほほ笑むことはできません。私のせいで私の家族たち(ファン)がケガをしてしまい、申し訳ありませんでした」と言った。会見は始終沈痛な表情で、涙を浮かべていた、と伝えるメディアもあった。その後行われる予定だった、写真集会場でのテープカットなど、晴れがましいセレモニーは一切中止になったという。
事故が起きた理由は、長時間自分を待っててくれたファンに、一目でも自分の姿を見せてあげたい、という彼の意向で、車が急に予定外のコースを走ったことによるらしい。(10人はいずれも軽傷ということが不幸中の幸いであったが)
日本の若いタレントなら「まったく。おばはん達がしつこいからこんなことになって。オレのせいじゃないんだ」みたいなふてくされた態度が、隠していてもほんの少し見られたかもしれない。しかし、ヨン様の表情は、ファンでもない私が客観的に見ても、暗くふさぎがちで、反省の色、謝罪の気持ちなどがよく表れていた。
この人は、本当にこういうキャラなのか。それとも内心はどう思っていようと、完璧に演技をしているのか。
テープカット中止など一連の祝賀行事キャンセルも「反省する好漢・ヨン様」のイメージを保つための戦略なのか?いずれにしても、あの態度はヨン様信者の胸をうったことはまちがいない。
それに、彼はファンのことを「家族」と呼ぶ。これには信者たちは「総胸キュン状態」だろう。韓国の芸能界の慣わしなのかどうかわからないが、もしヨン様が日本のファンの心をとらえるために、あえてそう呼んでいるとしたら――彼は相当有能な戦略家だ。
なぜなら、女性というものは一般に、「所属」するのが好きだから。わたしたちは、ヨン様が「家族」と呼んでくれる、ヨン様を筆頭とした集団。自分にとって居心地のいい、ヨン様公認の集団……そう思うことにより、彼女たちのパワーは倍増するのだ。

とにかくその会見を見て思ったのは「日本の芸能人にはこういうタイプはいない」ということ。若者中心の日本の芸能界に、40代後半以上の「真正おばさん」の入る隙はなかった。
そこへ、どんなにトシをとったおばさまにも、分け隔てなく誠実なほほえみをふりまいてくれる「ヨン様」は、日本の芸能ファン層のニッチをがっちりと掴んでしまったのだ。
この「追っかけおばさま」たちは、私が思うには、夫にも子どもにも見放された「淋しい主婦」ではない。だから世間で「淋しい女たちが心のすきまを埋めるために…」などというのは違うような気がする。それどころか、「夫も子どもも思うように操り、お金も暇もある主婦」が多いのではないだろうか。よくいえば幸せ、悪くいえば「やりたい放題」。もちろん、彼女たちは全国にいる何万人かのヨン様ファンのごく一部であり、大部分を占める良識的なファン、そして何よりもヨン様自身のイメージが、彼女達の出過ぎた行動によってダウンしてしまうことを、ファンでもない私が心配してしまう。

さて、ヨン様は苦渋に満ちた記者会見から一転、帰国の途につくときはお見送りのファンに満面の「ほほ笑み」を浮かべていた。b0036381_15484549.jpg何度も何度も後ろを振り返って手をふりながら。本当にこの人はファンサービスに徹しているというのか、これだけのファンがいることに心底喜んでいるのか…つまりは営業用スマイルなのか、マジスマイルなのかどっち?とヨン様マジックにかかってしまった。
さらには韓国まで先走りして出迎えている日本人集団、これを見たときは恥ずかしくなったが、ヨン様はここでも「ほほ笑みの貴公子」だった。当惑した顔などみじんも見せない。恐るべしヨン様スマイル。もしかして私もその魅力にとりつかれてしまったかしら!?

この騒動を伝えるニュースを見ていたら、Dがいつになく上機嫌でやってきた。「お前も…ヨン様が好きなのか?」「とーんでもない。私はドラマも見たことがありません。こんなに人気があるのは、日本人俳優がいかに魅力がないかということよ」「いや、日本のダンナが魅力がないんだよ」「我が家のダンナ様はじゅーーぶん魅力的なので、私はヨン様ファンではないですっ!」思いきり皮肉をこめて言ったのに、彼は、ハハハと笑いながら自分の部屋に戻っていった。
余裕で聞いてきたのは、私がヨン様にハマっていないことを知ってるから。そしてその理由を彼は勘違いしている。
う~ん、悔しい!
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# by gbsatomi | 2004-12-02 15:56 | DIARY


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「ロックするピアニスト」 ポリーニの「ショパンエチュード」。超絶技巧で弾きまくるこの爆弾のようなCDは、ピアノに興味がなくてもロック好きな人なら、きっと衝撃を受けるでしょう。数あるショパンエチュードの中でも
最高の1枚です。

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