病気にもいろいろあるけれど

職業柄、いろいろな人に出会う。
先日、ちょっとした衝撃的な場面に出くわしたのだが、その場面を演出した人が緊急入院した、という知らせを受け取った。

その人と初めて会ったとき、言動があまりに狂気にみちたものだったので、「ちょっと普通じゃないな」と思った。
「普通じゃない」という言葉は語弊があるかもしれないが、いわゆる「心の病気」なのかな、と思った。聞くところによると、ずーっと投薬治療をしていたようで、一時期は大変おとなしくなり、魂を抜かれたかのごとく、うつろな目をしていた。

ところが、最近どうも「ハイ」の状態になっていたようだ。
先日は、関係者以外立ち入り禁止の場所にどかどかと入りこみ、ありとあらゆる暴言を吐き、悪態の限りをついていた。世の中のすべて、そしてそこにいた人達に向って。
お酒の匂いがぷんぷんしていた。

その人は、なぜだか私の服装に興味を持ち、その洋服はどこで買ったとか、その指輪はどこで買った、いくらした、誰に買ってもらったのか、その時計は○○円くらいか、などと聞いてきた。それは狂気をおびているもので、普通の聞き方ではない。
こういうとき、まともにとりあってもらちがあかない、と思ったので、無視した。すると、私の胸ぐらをつかんで「この服どこで買ったかって聞いてるんだよ!」と言ってきた。指輪もはずそうとしてきた。残念ながら、私の指はむくんでいて、はずせませんでした。へっへ!
このとき、まわりにいた人たちは凍り固まってしまったそうだ。

その人は、私に相手にされないとわかると、他の人にからみだした。
そしてついに、「自分は鬼だ。先日の落雷も、都心に降ったひょうも、自分が起こしたものだ」と言い始めた。胸ぐらをつかまれても動じなかった私が、さすがにこのときは恐くなった。
この場所をつぶしてやる、と脅迫めいたことも言い出した。

その後、深夜に大暴れして緊急入院となったそうだ。おそらく強制的な措置がとられたのだろう。病気が引き起こした事態とはいえ、なんだかやるせない気持ちになった。

人はみな、病気にはなりたくない。たとえ、鼻風邪でもそれは肉体的・精神的に苦痛を伴うものだ。
でも、ほとんどの「体の病気」は、苦痛を味わうのは、病人本人である。(看護や介護の面で、家族・近親者が苦痛を味わうこともあるが)
それに対して「心の病気」は、その症状によっては、まわりの人多数を巻きこむことがある。もし家族なら、やりきれなくなってしまうだろう。

以前取材した、精神障害者の地域生活支援センターで働く人の言葉を思い出した。
「精神障害というと、どうしても偏見がありがちだが、心の病気というものがもっと理解されてほしい。(心の病気になる人は)みな、真面目でやさしく、がんばりすぎてしまう人々なのです。事件を起こすのはごく一部。非障害者が起こす確率のほうがはるかに高いといえます」

とりあえず戦争や飢えの恐怖もない、けれども複雑なこの現代社会において、誰しも少しは心を病んでいるのかもしれない。
私だって・・・と思いながら、今日もカラ元気を出して仕事をするのでした。
だって、締切間近なんだもん。病んでなんかいられないのだ。
[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-19 00:05 | DIARY

ご自慢秘蔵レアコイン

実はたいしてレアでもなければ、秘蔵というほどでもない。つまりインチキなタイトルだけど、他に自慢するものが何もないので、こんな詐欺タイトルでもお許しください。

古いコインを集めるのが好きです。マニアが集めるような、骨董的価値があるものではなく、おつりに「ギザ10」(側面にギザギザの入った昭和30年以前の10円玉)があったら喜んでとっておく、みたいな単純なもの。昭和20年代後半のものだと、もう半世紀以上流通してきたわけで「ご苦労さま」と言いたくなるし、その時代の人が持っていたものがまわりまわって私の手元に来た、と思うと一種感慨深いものがあるのだ。
だから、ギザ10を発見したらまずとっておく。

同じく5円玉も、昭和20年代のものは「日本国」の「国」の字が「國」になっているし、字体そのものが違う。ゆえに「長い間よく働いてるね」と、財布から秘蔵コイン収納マグカップ行きとなる。
b0036381_2243491.jpg





同じ理由で生まれ年、昭和37年のものも発見したら、使わずにとっておく。といっても1、5、10円しか持ってないけど。
b0036381_22444153.jpg
「私と同じ年に生まれて、同じだけ生きてるのね」と
親近感を覚える。



ところで、これはちょっと自慢できるかもしれない「昭和64年シリーズ」。
b0036381_22454347.jpg
昭和天皇の崩御は、昭和64年1月7日。つまり昭和64年はたった7日間しかなかった。63年の秋頃から「ご容態」が毎日発表されるなど、予断を許さない状態が続いていたから、ときの大蔵省造幣局も昭和64年と入った硬貨は、ひそかに作り控えていたのかもしれない。というのは私の推測にすぎないが、とにかく昭和64年の硬貨は現在、ほとんど流通してないといえるだろう。
それを私は100円と5円以外、全部持っているので~す!すごいでしょ?ってそうでもないか……

10円玉は、平成元年に比較的たやすく手にしたような気がする。(4枚所有)
1円玉はいつのまにか、所有していた。平成に入ってずいぶんたってからのことだと思う。
一番高額の500円玉を手にしたときのことは忘れられない。4年前の夏、あるガソリンスタンドに入り、洗車をしてもらってる間、自動販売機で飲み物を買った。普段、そんなときに飲み物なんか買わない。しかしなぜかその日はノドが乾いて「飲みたい」と思ったのだ。1000円札を入れて出てきたおつりに、光り輝く500円硬貨があった。
それは見た瞬間に「ビビッ!」とくるものがあった。
こ、これは…あ、あ~~~
……っ!!!ほ、ほんと!?
はやる心を押さえ、ドキドキしながらよく見る。「昭和64年」まちがいない。
ウソみたい、信じられない。
こんな、めったに使わない自動販売機から出たおつりが、こんなに珍しいものだったなんて…細々と「レアコイン」を集めてきた私に、神様からの贈り物かしら?など、大げさではあるがその時は大マジメにそう思った。

100円玉で古いものや生年産のものを全く持ってないのは、おつりなどであまりによく手にするので、いちいち確かめていられないからだろうか。おつりでもらうなら、10円玉も同じ頻度だとは思うが、100円玉は出て行く頻度も高いので、財布にとどまる時間が少なく、確認できないのだと思う。
こうなったら、生まれ年の100円と50円、そして願わくば昭和64年のものも手にしてみたいと思う。

ところで、この風変わりな500円硬貨は「長野オリンピック記念硬貨」。郵便局で振り込みをしたときのおつりにこれをもらい、びっくりした。
b0036381_22463625.jpg「つ、使えるんですか…?」「はい、普通の500円と同じですよ」。
でも、わたし的には珍しいから使えない、って。だから今でも持ってます。

母はこの手の記念硬貨をよく購入していたようで、遺品を整理しているとたくさん出てきた。
b0036381_22472824.jpg昭和51年「(昭和天皇)御在位50年」、昭和60年「内閣制度100年」、平成4年の「沖縄復帰20年」、平成5年「皇太子殿下御成婚」etc.
これまた使うに使えず、「特別なお財布」に入れてある。

さて、もしかして今日ご紹介したなかで、一番価値が高いかもしれないのが「500円札」。新券で4枚持っているのがささやかな自慢。
b0036381_22482225.jpg
売るとしたらいくらかな。
550円くらいだったりして。
そして、すっかりお久しぶりの2000円札。
b0036381_2249205.jpg皆さん、使ってますか?最近見たことありますか?
日々、生活必需品を購入している主婦としては「まるで見ません」。いったい何のために作られた紙幣というのか。日銀にごっそり置いてあるのか、それとも市中に出回ってはいるけど、千葉のスーパーがおもな買い物場である私には、まわってこないだけかな?
[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-15 22:59 | DIARY

コスメとサプリでヒーリング?

いろいろあって落ちこみ気味である。
まあ、今に始まったことではない。ちょうど2年ほど前からのことだ。
いつまでも悲しんでいてはいけない。ジョン・レノンは幼いときに母と生き別れ、定期的に会えるようになった17歳の頃に、死別しているではないか。
世の中には、もっと幼くして母を亡くした人もゴマンといる。母の顔すら知らない人も。
だから、いいトシして「母の死」を理由に、いつまでも落ちこんでいてはいけないのだ。
(その他にも大小さまざまなことが押し寄せてるわけだけど)

木の芽どき~新緑の季節は、持病の出る時期でもあり、どうも体調が悪い。この2日間、家で寝て過ごした。「風邪をひいて熱がある」とか「頭痛がする」とかじゃない。とにかく家事も何もできず、日がな1日寝ているだけ。情けない。

そんなふうに仕事をさぼっているから、午後、催促の電話が鳴った。
重い体をひきずって、文書を作り始める。それを、郵便局に投函しに行かなければならない。開いてる時間は5時まで。それまでに、身支度をして―つまり、外に出られる格好をしなきゃいけない。メーク好きの私が、メークどころか顔を洗うのも億劫になっている。案の定、顔はどす黒くくすみ、髪はもつれ、くしゃくしゃだ。

ほうほうの体で郵便局に5時1分前に入り、用事をすませて、行きつけのディスカウント化粧品店に車を走らせる。アイブローのレフィルがなくなっていたのだ。明日、取材に行くのに眉を描かないわけにいかない。
「アイブローなんて、切らしたことなかったのに・・・」 考えてみれば、ずいぶんとその店に行ってなかった。
コスメオタクの私は、この店であれこれ探すのが大好き。でも最近そんな気力もなかった。
しかし久々に行くと、やはり1品買いでは済まず、「オタク」の血が騒ぐ。

マスカラ!ランコムのイプノーズが激安、買おう。
もう1本。コーセースポーツビューティー。ブラシが気に入った。安いし、これも買い!
そうそう、下地「バーズオパラサン」もなくなりそうだったから買っておこう。
その横にあった、同じブランドの「コンセントレ・タンスール」。「バーズ」と併用するといい、と聞いていた。もう、肌衰えまくりだし・・・え~い、買っちゃえ!
そうだ、この店にしかない、お気に入りの石鹸も買わなくちゃ。これで、今日からきれいに洗顔しよう・・・
最後に「プロ仕様毛抜き」を買う。
あ~あ、アイブロー¥640だけの買い物だったのに、気がつくとこんなにも・・・だから私の銀行口座の残高は、みるみる間に減ってしまうんだわ。ま、いいか。「コスメセラピー」という言葉もあるくらいだし、化粧品を買ってきれいにメークして元気が出ればそれで元がとれるわ・・と、やや勝手な解釈をする。
では、本日はここで打ち止め。――にしようかと思ったとき、D○○のサプリメントコーナーが目に入った。

「セントジョーンズワート」 その名前は前から聞いていた。
やる気が出ないときや、人に会うのが疲れるとき、落ちこみ気味の時に効く、というハーブ(セイヨウオトギリソウ)だ。
D○○のものについては、良くない噂を聞いたこともある。価格が格別に安いからかもしれない。
でも、ここで見つけたのも何かの縁。よし、買っちゃおう!

商品コピーは「ブルーな気持ちもハッピーに!心を元気にするハーブ」。
さきほど、3粒飲んでみた。やる気が出たかどうかわからないけど、今日は久々にお肌のお手入れをして寝るとするか。
そう、化粧品を買っても「メークしよう」と思う気力がないと、意味ないもんね。だから、このサプリメント買って正解!とまたもやご都合主義解釈で自分を納得させる。
プラシーボ効果でもいいから、何か生活を変えるきっかけになってくれたらいいなあ。
そして、いそいそと楽しんでメークする、以前の私に戻りたいな、と思う。
b0036381_7545628.jpg

[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-13 00:24 | BEAUTY

ドラム、この未知なる楽器

昨日は月1回のバンド練習だった。
今までのんびりとやっていたが、7月に内輪でお披露目をすることが決まり、急遽まとめに入っているところである。まとめといっても、新曲2曲は昨日初めて合わせたので、都合あと2回しか練習できない。鍵盤隊のK嬢と私はあせりまくりだが、30年選手のリズム隊は余裕の構えだ。
「大丈夫だよ!バンドってリズムがしっかりしてれば何とかなるんだよ」 うん、そのとおり。でも、そのしっかりしたリズムに、私のヘナヘナボーカルとコーラスとデタラメキーボードが乗っかるなんて、これは一種犯罪的行為かもしれない・・・。

それはさておき、バンド初心者の私には、練習のたびに面白い発見や興味深いことがあり、演奏以外の楽しみになっている。昨日は、バンマスJ氏がキーボードのセッティングを丁寧に教えてくれた。機器を見るとツマミがやたらめったらあり、機械音痴の私にはそれだけで拒絶反応を起こすものだが、教わってみると意外と簡単。よし、次回からはさっさとシールドとタップを借りて、テキパキとつなげちゃおう。腰痛さえ完治すれば、持ち前の怪力でガバっとシンセを持ち上げて、殿方の手を煩わせることなく、自分ですべてやっちゃうんだけどなぁ。セッティングにかかる時間を少しでも短縮して、限られた練習時間を有効に使いたいのだ。

そして、「セッティングを手伝う」なんて気持ちもわかないような、お客様気分でスタジオに入ってた頃、私のもっぱらの興味はドラムセットにあった。
ギターは弾けないけど、かじったことはあるし、我が家にも息子のものがある。でもドラムとは、私にとって未知なる楽器なのだ。私に言わせると「あんなにたくさんの太鼓とシンバル」のどこをどうやって鳴らすのか、見当もつかない。今までもお友達バンドの練習見学に行くたび、さわらせてもらい悦に入っていた。

そのドラムを、プレイヤーの立場から説明してくれたのが、J氏の弟君、K氏だった。
ジェフ・ポーカロに心酔する彼は、TOTOやスティーリー・ダンなど、それまで私がラジオでしか聴いたことがなかった類の音楽を教えてくれた。「ほら、ここは『ドッツトタタドン・・』って感じで・・カッコいいでしょ?」
と言われても、今まで音楽を、ドラムだけに絞って聴きこんだことがない。へえ~、こういう聴き方があるのか・・・と思ったものだ。
そして、私の興味を特に引いたたものは、その独特の「ドラム言葉」だった。文字で何と表していいのかわからないが、「ドッドッ・・・ドカドカ・・・ッッチャ―ン」 みたいな、摩訶不思議な言葉の羅列が見事に曲のドラムを表現している。K氏と音楽の話をすると、そういう言葉が頻繁に出てきて面白かった。

わがバンドのドラマーI氏も、その「ドラム言葉」を駆使しているようで、昨日練習前に彼の「カタカナ楽譜」がたくさん見えたので、「おもしろ~い、見せて見せて~」と、その紙をとりあげようとしたら「ダメっ!」と手を小突かれた。I氏は軽くポン、と叩いたつもりだろうが、それは、ドラムのスティックで「ビシっ!」と叩かれたような、ピンポイントで軽いけど鋭い痛みを感じるものだった。
私はしょっちゅう軽口をたたいているせいか、前にも同じようなシチュエーションで「痛っ!」と思ったことがある。ドラム歴30年のI氏の指先は人間スティックと化しているのかもしれない。というか、軽口を叩いたのが、かよわい女性なら、それは人間綿棒となってソフトに小突いていたところを、なんといっても私・・・(あえて説明しません)ですからね、ついドラムセットを叩く気分になったのでしょう・・・

帰りの車の中では、「電子ドラム」というものを教えてもらった。
それは、普通のドラムセット価格の2倍ほどするらしいが、どんな音でも出るらしく、ベテランドラマーでも、欲しくなるものだという。ピアノなら、どんな高級なデジタルピアノでも、やはりそのタッチは本物には及ばないところだが、その電子ドラムとは、本物と遜色ないとか。
ふ~ん、ドラムの世界ってまだまだ知らないだけに、いろいろあって面白い・・・・・と好奇心の間口がまた広がった夜だった。
[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-09 13:54 | MUSIC

男か女か

友人からメールがきて、面白いテストのURLが書いてあった。
題して「男脳・女脳度テスト」。

このサイトの説明によると、何年か前にベストセラーになった「話を聞かない男 地図が読めない女」の中にあるテストだという。(その本は立ち読みして、結局買わなかった)。
私はタイトルどおり、モロに「地図の読めない女」。この事実からすれば、私は「女脳度」が高いのかもしれない。
でも、自分ではなんとなく「男脳」のような気がする。だって、一般的な「女性が好むもの」にはあまり興味がなかった。特に芸能関係。
とにかくテストをしてみた。

予想的中!「脳度120」 で男脳と判定されました。
なになに・・・男っぽい脳とは、本によると「理屈っぽく、無謀で、無神経で、言い訳がヘタで、一度に一つずつしか作業をこなせず、誇張表現が好きで、野心家で、スポーツ好きで、セックスのコトばかり考えている」とのこと。
いやぁ~、勘弁して・・・「一度にひとつずつしか作業をこなせず」「スポーツ好き」 はあっているかもしれないけど、特に最後の項目は絶対違います!!
逆に女っぽい脳とは「衝動的で、優柔不断で、嫉妬深く、他人のウソをすぐに見抜き、縦列駐車がヘタで、甘いモノが好きで、おしゃべりで、噂話が好きで、他人のコトにすぐ首を突っ込みたがる」 そうだなあ・・・「他人のウソ」は結構見抜けるかもしれない。あと、「甘いモノ好き」これは大当たり。「おしゃべり」 うん、決して無口とは言えないでしょう。でも、口は堅いつもりだけど。
まあとにかく、私は「男脳」ということらしい。でも地図読めないのに・・・

そのテストの最後にこう結ばれていた。
「平均的に、男性は150点以下、女性は180点以上になる。
150~180点の場合 中性的な脳であり、男女間のギャップを埋める橋渡し役になれる。
ちなみに男性で180点を超える場合、ゲイになる可能性が高いらしい。
また女性で150点未満の場合もレズビアンになる可能性が高いらしい。」

レズビアン?・・・・・こ、これは絶対ありえない!
私は、男の人が好きで~す!!

(皆さんもやってみてください。
http://a-8.hp.infoseek.co.jp/brain.html)
[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-05 23:57 | DIARY

プラントに会い、ペイジを見た日

いきなり「プッ~シュ、プッ~シュ!」なんて金切り声が聞こえてきそうなタイトルである。
私の青春をビートルズの次に飾った、レッド・ツェッペリン。
b0036381_1391743.jpgとりわけ、ロバート・プラントさまは、私のアイドルであった。これは、敬愛するビートルズのジョンには感じない、いわゆるミーハーチックなもの。まあ、現代のおばさま方が「ヨンさま~」と言っているようなものです。あの頃の一般的なアイドルって、誰だったのかな・・・?「たのきん」トリオだっけ?でもまわりで「トシちゃん」なんて言ってる子、いなかったし。でも、「ロバートさま」なんて言ってる子は、だ~れもいなかった。ゆえに、ひそかにレコードを聴いては「ああ・・ロバートさま」などと思っていたわけです。なんか、今書くと恥ずかしいな・・・

で、今日は「後ろから見るとロバート・プラント」な人に会ってきました。それは、いきつけの美容院の店長さん。ゆるいウエーブのかかった金髪のロングヘアで、腰にはロバートさまみたいな太いベルト。そのファッションは、とても今20代半ばとは思えない、70年代風。でも前から見ると・・・ロバートさまとは似ても似つかぬ・・(以下略)
ちなみに、その性格は朴訥としていて、「どうしてそんな派手な格好してるの?」と言いたくなる、好青年である。

彼は私が洋楽好きなことを知っている。BGMに70年~80年代のオールディーズがかかっていることが多いので、「私に合わせて選んでくれてるの?」って聞いたら、「いや・・たまたまです」 ちなみに彼はレッド・ツェッペリンを知らない。
今日は「僕、BGM選んだんですよ。懐かしいでしょ?」と言うので「えっ?さっきから知らない曲ばかりだな、と思ってたのに・・・」 なんと90年代の曲だと言う。ちっともオールディーズじゃないって!子育て真っ最中で、音楽なんて聴く精神的ゆとりもなかった頃だ。

ほぼ1年ぶりの矯正パーマ&ヘアマニキュア、カットのフルコースのため、時間がかかるのは覚悟して、置いてある女性誌を読み漁る。すると面白い記事に出くわした。

キャロル久末・・・私の年代で、FMをよく聴いていた洋楽ファンなら彼女の名前を知っているだろう。流暢な英語と、少し低めの声が「いかにも、アメリカ仕込みの女性」という感のあった、DJ。
彼女が、なんと日本にやってきたジミー・ペイジと2ショットで仲良く写っていた。

ペイジも齢60を超え、くしゃくしゃの髪は健在だが、顔にはそれ相当の年輪が感じられ「いいおじさん」になっていた。服装も白いTシャツにパンツと、いたってシンプル。
記事によると、キャロルさんはペイジとは昔からの知り合い、とのこと。へえ~・・・うらやましいなあ。日本公演ももちろん見たのでしょうね、それどころか外国の、延々6時間も続くライブなんかもね・・・
彼女は、アメリカでの少女時代、いろいろコンプレックスがあって、それらを払拭するため大声でZEPの「Rock'n'roll」を歌った、と書いてあった。う~ん、私も真似してみたい。でも、あの流暢な英語の発音だからこそ、さまになるわけであって、私が「ロンリ、ロンリ、ロンリ・・・ツァ~イ!」と叫んだところで・・・今だったら、奈良の「引越しおばさん」みたいになっちゃうかも。
(布団叩きながらやってみようかしら・・・)

久々にZEPのことを思い出し、ちょっと聴いてみたくなった日だった。
[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-03 01:41 | MUSIC

リニューアルしました!

今日から風薫る5月・・・ということで、気分一新、ブログをリニューアルしました。
日々感じたことや見聞きしたことを書いていきたいと思います。
目指すは「ほぼ毎日更新」!今後ともよろしくお願いします。

さて、昨日は久々にデパートで買い物をした。
自分の買い物は夏用ファンデーション1点のみ、後は息子の夏用制服や入学内祝など、必要にかられての買い物だ。
これまた久々に、家族揃っての外出だった。息子たちは私の買い物につきあってくれるわけがない。ということで、彼らを別の場所に待たせて、私はYSLのカウンターに走った。

「ファンデーションのレフィルください」
「かしこまりました。・・・・・・お化粧なおしなど、いかがですか?」
(ムムっ!きた・・・「今日は時間がないので」と断るべきか。でも・・・やってほしい)
男3人のブーイングを予想しながらも、私は迷いもなく「はい、お願いします」と言った。
このカウンターのお姉さんたちは、いつも思うが、本当に良く訓練されている。
決して押し付けがましくないのだが、さりげなく自社製品の良さをアピールする術にたけている。
昨日は、「世界で20秒に1本売れている」というコンシーラーと、2週間前に発売された新作口紅を塗ってくれた。
「あ、この口紅いいですねぇ」
「ええ、こちらは輝きと保湿効果に優れていまして、ひと塗りでぷるぷるの唇に・・・」
(ほんとだ・・・これはスゴイ。ぷるぷる、なんて標榜しながら、そうならないものがほとんどなのに。欲しくなっちゃった・・・)

気がついたら、「どの色にするか」選んでいた。
「これだと若すぎるかしら?」「いえいえ、そんなことございませんわ~」
やってしまった。。。衝動買い、という奴だ。予定金額+3500円。痛い。
(でも、口紅なんて3年前にハワイでまとめ買いして以来、1本も買ってなかったんだもん。最近もうつけるのなかったし。だから1本くらい、いいよね)
と、無理やり納得&久々のメイク用品買いにウキウキしていると、Dからの「遅い」コールが鳴った。
もう。。。これだから男ってキライ。
たま~の「自分のための」買い物、それもめったに行かないデパートの化粧品カウンターでの優雅な時間って、私には何よりの喜びなのに、ね。

帰宅して、封を開けると、その口紅のカラーパンフレットが入っていて、広告コピーはなんと
「恋に効く 水晶ベールの口紅」  だった。

やっぱ、買うもの間違えたかな・・・・・?
b0036381_928981.jpg

[PR]
# by gbsatomi | 2005-05-01 09:07 | BEAUTY

♪どこにもないビートルズコピーバンドを目指せ?―バンド練習記①♪

先日バンドの4回目の練習を行った。今までの課題曲5曲に加え、新曲を1曲。
われわれは、とりあえず今はビートルズのコピーをしている。理由は、リズムセクションの男性陣が以前、アマチュアとはいえ本格的なビートルズコピーバンドをやっていたこと、女性陣はビートルズのコアなファンであったこと、そしてもしかしてこれが一番の理由かもしれないが、ビートルズのバンドスコアがすべて揃っていることである。(バンマスJ氏所有)
3台のキーボードを2人で操るという、ギタリストのいない特殊編成のバンドなので、コピーできる曲は自ずと中・後期ナンバーとなってくる。
アマチュアのビートルズコピーバンドというものも、われわれが住んでいる千葉あたりにも結構あるもので、地元のあるライブハウスでは「ビートルズデイ」と銘打って、ビートルズコピーバンドばかり5~6組集めてやる日を年間数回設定している。それだけビートルズはいまだに人気があるわけだ。
われわれは、そんなライブを何回となく見てきた。東京・六本木や大塚までも繰り出し、数々のアマチュアコピーバンドに遭遇してきた。どのバンドもそれぞれに思い入れたっぷりに演奏している様子は、私のように古くからのビートルマニアを唸らすものが多く、見ごたえがある。
ところが、そういうバンドのほとんどは、中後期の一部の曲はコピーしていない。それらはブラスありストリングスあり、でおまけに多重録音。コピーするにはシンセサイザーを駆使しなければならなく、初期のバンドスタイルでやるコピバンでは、構成上無理なことが多いからだ。
われわれの狙いはそこにあった。キーボード3台と4つの手で、なんとかして普通のコピバンがやらないようなレアな曲をやる。そしていつか、耳の肥えたビートルズファンが集まる「ビートルズデイ」に出演し、観客をあっと言わせてみたい。ギタリストがいなくて、キーボーディストが2人もいてどうするの?という冷ややかな視線をはね返してみたい……
とまあ、思いきり分不相応な、おおいなる野望を持っているわけである。

さて、たいしてモノにはならなかったが、子どもの頃ピアノを12年ダラダラと習っていた私は、ビートルズのキーボードなんて簡単だわ、とたかを括っていた。
が、しかし――それはあくまでも譜面上のことであった。
未知なる楽器、シンセサイザーは「弾くものじゃないんだよ」と何度も所有者のJ氏に言われてきたが、ようやくその言葉が理解できてきた。現在、「音を創る」というシンセサイザーの機能をまだ1%も生かしきれていない。似たような音色を探し、抜群の?反射神経で、いや必死で瞬時に切り替えているだけだ。「ボタン2分の1拍3回早押し作戦」などと勝手に名付けた技ともいえない技を使い、どうにかごまかしているのが現状である。
相棒であるK嬢とは、新曲のたびにパート決めをしている。それはリズムギターとリードギターのようなもので、もめることもなくすんなりと決まるのだが、なぜか今のところ彼女が前者(つまりエレピでのコードプレイ)、私がシンセで後者をやることが多い。すなわち私のシンセサイザー勉強不足が、はやくもバンドのウイークポイントとなって浮かびあがっている。これを乗り越えなきゃ、4人でバンドを組んだ意味がないということはよくわかっているのだが…。

そして、先日初めてやった新曲は、K嬢と私の役割分担がごちゃまぜになるような、まあとにかく「最もビートルズらしくない」曲であった。
あれをコピバンでやるところはほとんどないと思われる。ドラムもベースもなし。ということで、リードボーカルはドラムのI氏。いつもなら豪腕でパワフルに叩きまくる彼は、歌っても実はすごいのだ。ベースのJ氏がこの曲の重要パートである、ジョン・レノンのコーラス(コーラスというよりは、セリフのような意味合いを持つ曲のキーポイント)を受け持つ。彼らが楽器を離れてマイクの前に立つと、スタジオはカラオケハウスに早変わりしたようで、K嬢と私はキャッキャッと笑った。
でも笑ってる場合じゃなかった。リズム隊がいない曲で、出だしから7小節の間、演奏するのは私のみ。タラリラリ、とイントロを弾いた後、和音をポンポン、と奏でるのだが、私のパートはハープなのだ。あの繊細な音色を表現するには、どんなアタックの仕方が妥当なのか。(シンセの緩いキータッチは、力を抜いて弾くと、何ともいえないモタモタ感が出てしまうし、軽快に弾きすぎると、ハープの音色にはほど遠くなる) 「タラリラリ」と「ポンポン」の弾き方は一緒でいいのか…?不安な気持ちで、あいまいにイントロを弾き始めた私はまるで大海に出た小舟、いや群れを離れたクジラになった気分だった。そんな気の迷いがあると、リズムキープが不安定になる。あ、なんか私走ってるみたい…・・

普段、演奏中「走り気味かなあ」と思ったときは、なんとなくいつもI氏の方を見てしまう。見たからといってどうなるわけでもないのだが、これはおまじないのようなもので、スタジオの中心に鎮座ましますドラムセットに、大柄な彼がどーんと座って正確なリズムを刻んでいると思うと、妙な安心感がわき、少しくらい走ってもどうにかなるわ、と思うのだ。しかしこの曲に限って彼はそこにいない。
ところがなんと今回は、ベースを置いてジョンのコーラスパートを歌うJ氏が、リズムに乗った華麗な舞い!?を披露し始めた。それは何というか、曲調からしてそういうイメージが湧いたのか、「白鳥の湖」を、男ばかりでやるコメディバレエ団(名前忘れました)のような感じで、私はクスクス笑ってしまった。アン・ドゥ・トロワといわんばかりの舞いが、まるで全身で指揮をしているかのように私の視界に入ってきた。後で録音を聞くと、イントロがちょっと不安定だったが、全体としてはまあまあのリズム感だった。バンマスさま、あなたの舞いのおかげです!

ボーカルなしのテイクも録音したが、すごく走ってしまったイントロが、すぐ修正されていた。これは、I氏がハイハットでリズムをとってくれてるのに気づいたからだ。ドラマーという人種は体内にメトロノームが内臓されているのか、と思うほど正確なリズムの刻み方に、K嬢も私も安心して弾き終えることができた。

とまあ、こんな感じで練習しています。
簡単な曲でも、軽快かつ繊細なタッチ、そして正確なリズムで。このへんが譜面からでは読めない難しさだな、とつくづく思う。
そして、少しでも早くシンセを操って、すべての曲で原曲にかなり近い音が出せるようになりたい。コピーバンドというものは、耳の肥えた観客相手に、「まあ、こんな感じ」といったコピーでは許されないと思うから。
それには1に精進、2に精進!なのであります。

More♪♪about our band!♪♪
[PR]
# by gbsatomi | 2005-04-18 02:12 | MUSIC

雑草魂

三寒四温をくりかえし、桜前線も北上していよいよ春がやってきた。
花咲き乱れる春。桜はもちろんのこと、いわゆる園芸種、ガーデニング用の花が家々を美しく彩るさまを見るのも楽しい。
しかし、この時期私が最も心ひかれるのは、道端やアスファルトの舗道の際に咲く、かわいい雑草の花たち。
誰にも手をかけてもらうこともなく、当り前のように踏み潰され、ときには冷たい雪をかぶっても、ちょっとした土から養分を吸い取り、毎年春に必ず花を咲かせる。
なんとたくましく、いじらしいことか。
ゴージャスな花もいいが、私はこういう雑草・山野草の類が大好き。こういう花を見ると、遠く幼ない日、花を摘んで遊んだ少女の頃を思い出す……なんて乙女チックなノスタルジーに浸る自分を笑ったりもする。

そして、雑草といってあなどることなかれ、それらの花は本当に愛らしく、また色もきれいなものが多い。
かつて昭和天皇は「雑草という名の植物はありません」と言われたそうだが、まさにそのとおり。雑草ひとつひとつ、立派な名前を持っている。
立派というよりはちょっとひどいというか、かわいそうな名前がついているものもあって、それが雑草たる由縁か。


例えばこの時期、これが咲くとわけもなく嬉しくなってしまう「オオイヌノフグリ」。
b0036381_156085.jpg 小さい花だが、この花の青色は園芸種にはめったにない、ピュアブルーだ。澄んだブルーと、葉っぱの緑色がなすあざやかなコントラストに目をうばわれる。おまけに「こんなところに」というような殺風景な場所(マンホールのふた部分など)に咲いているので、なおさらありがたい。
し、しかしですよ。
「イヌのフグリ」とはあまりにも、アレじゃないですか。。。。。「フグリ」=「陰嚢」。要するに、♂のあそこの、あれでしょ。イヌのね……なんか、あんまりじゃな~い?こんなかわいい花にこの名前。もうちょっと、他の表現はできなかったのだろうか。


そして、なぜか我が家の周辺では見られないが、本によると全国的に分布しているという花、「ヘクソカズラ」。
b0036381_1564957.jpg私が初めてこれを見た場所は、東北自動車道那須インターの出口付近。フェンスにからまり咲いていた。白地に赤がかわいい、一度見たら忘れられない花なのに名前がヘクソ…言うまでもなく「屁」と「糞」のこと。
葉っぱや実をつぶすと悪臭がすることからついた名前というが、なんだかねえ、そういう「負」の部分を名前にしなくてもいいのにね。

まあ、このヘクソカズラが咲くのは夏だというし、残念ながら我が家近くでは見られないので、ここはひとつ、近所で見られるこの時期の雑草、いや山野草をあげてみましょう。

b0036381_1575045.jpg
ホトケノザ」。
「仏の座」、むかいあってついている葉っぱが、釈迦の座る蓮華座のように見えるのが名前の由来という。花としてはヘンな形だが、色鮮やかで、雑草といってもそれなりに美しい。

b0036381_203663.jpgナズナ」。
おなじみ、「ペンペングサ」。
女性で、これで遊んだことのない人はいないのでは。
花としては小さく、評価できるものではないが、ひっぱってペンペン、と鳴らして遊ぶ「実」の部分は、なんとなくハート形にも見えてかわいい。

b0036381_215287.gif
ハコベ」。  
これも何の変哲もないただの雑草かもしれないけど、オオイヌノフグリと並ぶ、私のお気に入り。白く小さな花の清楚さ、なよなよとはかなげに横に広がる葉っぱの質感が好きです。

そして、もう少しすると咲いてくる花たち。

b0036381_231999.jpgヒメオドリコソウ」。   
花は小さいピンクだが、葉っぱの一番上の部分が赤紫色で、独特の存在感がある。


b0036381_0114712.jpgトキワハゼ」。
これを家のすぐそばで見つけたとき、初めて見てとても珍しくて「ラッキー!」と喜んでしまったが、どこにでもあるそうだ。
でもこの花の愛らしさは天下一品。
だって、小さいのに白一色じゃないところがいいでしょ?b0036381_0245485.jpg


カタバミ」。
これこそ、「雑草」以外の何物でもないかもしれないけど、黄色い花をつけてる間はかわいいので許す。

b0036381_2104246.jpg
ネジバナ」。  
これはもうかわいくてかわいくて、この種がどこかからとんできて花が咲いたあかつきには、何かいいことがあるような…とても雑草とは呼びたくない花。実際ランの仲間だそうだ。我が家の裏が、まだ空き地だったころにこれが群生したことがあり、道行くおばさんが必死に摘んでいた。私の土地でもないのに、「ちょっと摘みすぎじゃな~い?」と言いたくなった。


b0036381_0161455.jpgニワゼキショウ」。
漢字で庭石菖。ちょっときれいな名前でしょ。これはちょっと遅く、毎年5月頃に我が家の前の公園にざーっと群生する。色は濃いピンクのほかに、うすいピンク、うすいブルーがかった白もある。次男が小さいとき、これを摘んで「はい、ママ」と持って帰ってきた。すぐ一輪挿しにさしたが、瞬く間にしおれてしまうのが残念。


b0036381_218591.jpgハルジオン」。  
春紫苑。これもきれいな名前。といっても、花を見ても何のありがたみもないほど、そんじょそこらに咲いている。もとは鑑賞用に輸入したものが、野生化したらしい。ミドリガメと同じようなものか。良く似た「ヒメジョオン(姫女苑)」は、このハルジオンに追われてその生息場所を街中から郊外へ移した、ということ。


他にもまだまだたくさんあるかわいい雑草の花々。
巨人の上原投手じゃないが、「踏まれても踏まれても強く生き残り、春にはそれなりの花を咲かせる」雑草に見習って、強く生きていきたいものである。あ、そうそう、かわいくってはかなげなところも真似したい…けどこれは無理そう。
[PR]
# by gbsatomi | 2005-03-30 03:13 | FLOWERS

さらば小学校

17日は次男の小学校卒業式だった。
あいにくの雨だったが、式は滞りなく終わった。
これで足掛け8年に及ぶ私の小学校ママ生活もおしまいだ。
この子が卒業する頃は40過ぎてるんだわ、と思うと恐ろしくなった、まだ30代前半のママだった私も、もう年齢のことなど気にもしない、肝っ玉母さんとなった。
時の過ぎるのは本当に早いものだ。

あちこちから「泣くでしょ。最後の子だもん」など言われたが、意外と平気だった。
2年前、長男の時もそうだったが、うちの小学校の卒業式というのは、どうもシステマチックというのか、機械的というのか、あまりにも整然としていて、完璧なほど訓練されていて、何か血のかよったものがいまひとつ感じられないのだ。
例えば幼稚園の卒園式では、在園児が出てきてかわいい声と身振りで歌を歌う場面で、母親たちの涙腺は全開となったものだ。
今どきの小学校は、昔のように代表児童が答辞と送辞を述べる、などというものではなく、全員参加で「呼びかけ」の言葉を言うのだ。もちろん各人のセリフを与えて。(そういえば30年前、私のときもそうだったっけ)
その「呼びかけ」のセリフがあまりに作られすぎている、というかきれいごとに終始していて、また、我が子をはじめとする普段は不真面目な男子たちも、そのときばかりは真面目にそれをやるので、なんというか面白みに欠けるのである。
まあ、こんな感想を持つのは不良母の私だけかもしれない。

次男は実に友達に恵まれていて、牧歌的な香りあふれる少年野球チームにいたこともあり、野生児のような小学校時代を過ごした。そんな男の子たちの、今しかできないようないたずらっぽい笑顔が好きな私には、堅苦しい卒業式で真面目にセリフを言う悪童たちが、ちょっと窮屈そうに見える。
ちなみに、この時期話題になる「日の丸・君が代」は、わが小学校ではごく普通に国旗が学校旗と並んで掲揚され、国歌は全員起立して歌った。「先生で立たない人いるかな」と背伸びして職員席をのぞいたが、誰もいなかったようだ。私も、久々の合唱の練習のように、大声で歌った。

こんな私だが、最初から不良母だったわけではない。
長男のときは、何もかも母にとっても初めての経験なので、とても神経質に、慎重になっていた。まして、内向的で友達の少ない長男のこと、母親同士の付き合い一つにも、とても神経を使ってしまったものだ。
ところが次男ときたら、キャラ的に長男と180度違ううえに、こちらも同性の2人めだ。これが女の子だったりしたら、もう少し構えていたかもしれないが、もう私は悠然と子育てをしてしまった。といえば聞こえがいいが、要するにほったらかしで育てたということだ。
長男が2歳2ヶ月のとき生まれた次男は、気がつけば寝返りをしていたし、いつのまにかお座りをし、はいはいするようになっていた。長男の時のようにいちいち発達段階を覚えていない。長男が寝ているときは、物音をたてないよう気をつけたものだが、次男のときはそれも皆無。彼はお兄ちゃんの友達―2歳児が5、6人「キャーー!!」と騒ぎながら走りまわっている部屋で、すやすやと寝ていた。母親がこんな態度で育児に臨んだのだから、彼が大胆不敵な野生児に育つのも無理ないかもしれない。

というわけで、卒業式の間中、私は不良母の面目躍如、まわりの人にちょっかいばかり出していた。
ななめ前に座っているAさんは、アンジェリーナ・ジョリーばりのナイスバデーの持ち主。ボディコンシャスなスーツに身を包んだ彼女がしきりにハンカチを顔に当てているのを見てとんとん、と肩をつっつく。
「泣いてるの?」
「鼻炎よ!」

隣に座っているBさんは、そんじょそこらのお笑い芸人より面白い女漫才師のような人。やたらと目頭を押さえているので今度はひじで軽く彼女をつっつく。
「泣いてるの?」
「違うの。左目にゴミが入ってさっきからこっちだけ涙が出てるのよ」

まあまあみんな、本当は泣いてんだかどうか。

今度は正装しているお母さんたちの、後ろ姿…髪形に目をやる。
どうも、皆さんヘアケアまで神経がいかないようだ。
ばさばさと、ツヤのない髪がほとんどだ。ドレスアップしているだけに髪とのアンバランスが残念だなあ、と思いながら自分のことは棚に上げて、私はにわかピーコになっていた。

式次第がすべて終了し、いよいよ卒業生退場。さすがに緊張が解けたのか、1年生の頃から知っている悪童たちが、にこにこ笑いながら拍手に送られて出ていった。みんな、大きくなったなぁ~・・・・・女の子たちのいでたちは、おしゃれな高校制服のように、ほとんどがブレザーとチェックのスカートで、彼女たちはそれを上手く着こなしているが、男の子ときたら、きりり、とネクタイをしめたブレザー姿が何となく借り物のようで、滑稽である。でもみんないい笑顔で出ていった。私の顔にも自然に笑みがこぼれているのがわかった。

そんなこんなで卒業式は終わった。
その後は、幕張プリンスホテルの49Fで、クラス全体のお食事会。ところがこのレストラン自慢の眺望は、あいにくの雨のため「雲の中」状態だった。飛行機に乗っているつもりでいましょ、と母親たちはよく食べよく笑い、我が子の小学校生活をふりかえった。
Cさんが、式の間ぼろぼろ泣いていたと聞き、早速ちょっかいを出しに行った。
「泣いてたんだって?」
「そうよ~。デキの悪い子ほどかわいいのよ」

そんなCさんに比べ、特に感慨もなかった、次男の小学校卒業。
お食事会がお開きになって、仲良しのお友達、Dさんとお茶を飲みながらどうしてかな、と考え、もしかして最近の私は精神的に疲れ果てていて、さらに感動したり、感激したり、という精神作用を及ぼすような事態になることを、防衛本能で回避しているのでは、という結論にいたった。
Dさんは、私と家庭環境が酷似していて、私たちはときどき心の棚卸しをするため、食事に出かける。たいていどっちかが泣いている。その日は2人で泣いた。残念ながら、お互いの子どもを卒業させた感激の涙ではなかった。

さて次男は翌日、今どきの子恒例の小学校卒業記念旅行、ディズニーランドに行ってきた。絶対単独行動をしないこと、トイレにも必ず誰かと行くように、などと言って聞かせたが、帰ってきて話を聞くと、冷や汗ものの珍道中だったようだ。幸い何事もなく、楽しい思い出、いい経験ができたのが何よりであった。

4月6日の中学入学まで、3週間足らず。いつもほったらかしにしてきた彼と、ちょっと濃密な時間を過ごそうかな、と思う。
[PR]
# by gbsatomi | 2005-03-19 02:05 | DIARY

今日は特別な日

3月14日。
巷ではホワイトデーなどと言われているが、私にとってこの日はとても大切な日。
一昨年亡くなった、母の誕生日なのだ。

生きてたら今日で71才。
再選された、千葉県の堂本知事(72)と同年代。4年前、堂本さんが68才で立候補すると聞いて、「ほぼ同じ年でも、元気だなあ」と感心したものだ。母がだんだん弱ってきた頃だった。

2003年10月9日。奇しくもジョン・レノンの誕生日に母は逝った。
澄み渡る青空の、素晴らしい秋晴れの日だった。前夜は中秋の名月がこれまた美しく、夜空にくっきりと浮かんでいた。
地下の霊安室から母の遺体につきそって寝台車で出てきたとき、まぶしいくらいの陽光が射してきた。3時間ほど前に母を失った私は茫然自失だったが「太陽みたいだったママらしく、こんな日を選んで逝ったのかしら」と、ぼーっと考えた。

その年の4月頃から母は入退院を繰り返していた。
私は往復5時間かかる病院まで、可能な限り通った。
私が行った日はたいてい具合がよかったので私の仕事は看病じゃなく、話し相手だった。
6月頃、たまたま私が病院にいるときに母の容体がとても悪くなった。入院していてもいつも明るく元気だった母の、その衰え様を目の当たりにして、私は恐れおののいた。母が落ちつき寝入ったのを見届けて、トイレに駆け込んだ。涙がとめどなく溢れ、声を殺して泣いた。マスカラもアイシャドウも全部流れ落ちてしまった。この時以来、現在までマスカラはウォータープルーフのものしか使えなくなった。ドライアイだった目は、いつも涙で潤うようになった。ちょっと乾き気味だな、と思ったら母のことを考えたらすぐに潤ってくる。小説やドラマで、子どもを亡くした母親などのセリフで「あの子のことは1日たりとも忘れたことはありません」というのがよくあるが、私も母のことを思い出さない日は本当に1日もない。いいトシになってるのに、幼い子どものようにいつまでもメソメソしている。

その「メソメソモード」は1人でいるとき、突然やってくる。
困るのは車を運転しているときだ。一度そのモードに陥ったらしばらくは修復不可能。夜の運転中など、街灯の光が涙のせいで長く尾を引き、視界の悪いこと。このときは恐怖を感じる。
台所でお料理しているときにも、よく陥る。あるとき、敏感な次男が「ママ、たまねぎ切ってるの?」と聞いてきた。私がしくしく泣いているのに気づいたらしい。
そして生活習慣で最も変わったことと言えば、母の死以来、夜にお風呂に入れなくなってしまったことだ。
私はいつも長風呂で、ゆったり入るのが好きだが、そうすると思い出すのは母のことばかり。「今日はママのこと考えるのをやめよう」と決心して入っても、どうしても思い出してしまう。当然悲しくなる。だから、夜は疲れにまかせて寝てしまい、朝、子どもたちを送り出した後あわただしくお風呂に入る習慣がついてしまった。朝なら忙しいので、余計なことを考えずにさっさと入れるから。

こんな私だが、息子たちの前では涙を見せない強い母を気取っている。
母が逝って1ヶ月たった頃、長男の誕生日がやってきた。
初孫だった長男を母はことのほか可愛がっていた。
「もうすぐこうちゃんのお誕生日ね。今年は何にしようかしら」と、その時期になるとウキウキした声で電話してきた。その長男の13才の誕生日に、母からのプレゼントはもう届かなかった。一番のお気に入りの孫に、どんなにあげたかったことかと思うと、突然「モード」がプッツン!と切れた。「号泣」のお手本のように、ワーワーと泣いてしまった。そんな私を見て、中1と小5の息子たちは、もうどうしようもないほど困った顔をしていた。泣きながらも、「もうこんなにこの子たちを困らせてはいけない」と強く思った。だから、彼らの前で母の思い出話をするときはいつも笑顔で明るく話す。まさか、彼らは、私がいまだに毎日メソメソしているだなんて想像もしていないだろう。

臨終の際、病室にいた女性は私だけだった。父、兄、私の夫、息子2人。兄の妻と娘は駆けつけられなかった。モニターの数値がだんだん下がり、0をずーっと示すようになると医師が脈をとって、腕時計を見る。「○時○分、ご臨終です」まるでドラマの1シーンのようだった。しかし沈着冷静な私の実家の男たち(父と兄)はドラマのように、ワーっと声を上げて泣くような真似はしない。主人も息子たちもベッドから離れたところで立ち尽くしている。母の傍らで泣いているのは、私だけだった。一緒に泣いてくれる親族の女性がいてほしかった。

一つ不思議なのは、危篤の知らせを受けて早朝家を飛び出した時から一場面一場面を全部覚えていることだ。
年々モノ忘れがひどくなっていく脳細胞だが、病院にかけつけるまで、それからのこと、あらゆるシーンがしっかり脳裏に刻まれていて離れない。これも一種のトラウマというのだろうか。

亡くなってから一連の儀式のなかで、一番つらい瞬間はやはり火葬の瞬間だと思った。通夜が終わり、慌しく翌日の告別式の準備をしながら、私はほぼ一睡もせず母への手紙を書いた。これを棺に入れて一緒に焼いてもらおう。そう思って、その時の思いのたけを便箋6枚にびっしり綴った。いろいろ段取りするなかで、母に聞きたいことがいっぱい出てきた。「ねえ、ママ。どうすればいい?どうしてほしい?」しかし母は静かに横たわっているだけでもう口を開くことはない。手紙には、そのとき母に聞きたかったことをいっぱい綴ったが内容についてはほとんど覚えていない。そして手紙に添える、天国に持っていってもらいたい写真をあれこれ探した。この手紙は、私の神経を鎮める予想外の効果があった。母が焼却炉に入れられてしまうときも、乱れることなく耐えられたし、一番ショッキングな瞬間―お骨になって出てくるとき、衝撃が走ったが、やはり泣き乱れることなく対処できたのだ。
斎場の係員が、これはどこの骨、この人はまだ若かったので、骨の量が多いですね、もっと高齢だとこの半分くらいしかないんですよ…などと説明しながら骨壷に骨を入れていく。そのとき、5ミリ四方くらいの骨のかけらが私の前、手の届くところに飛んできた。
「このかけらがほしい」と反射的に思った。でも、そんなことをしてはいけないのだろうか、またはこの係員が最後にこれも骨壷に収めてしまうのだろうか、との思いがよぎった。一連の仏事は、経験のない私には全くわからない。「どうしよう…」しばらく迷ったあげく、思いきってそのかけらをつまみ、素早くポケットにしまった。係員は見てみぬふりか、何も言わなかった。例え5ミリの骨のかけらでも、母にそばにいてほしかった。今でもそのかけらは私のお守りとなっている。

私たちは、よく言われる「一卵性母娘」とは違い、わりとさっぱりした関係だった。あまりべったりした仲ではなく、お互いかなり独立性を保ってそれぞれの世界を楽しんでいた。離れて暮らしていたので、母が亡くなっても私の日常生活はなんら変わるものではなかった。
しかし、ちょっとしたことを話したいと思って電話しようにも、もう母はいない。これだけ通信手段が発達し、世界中どこでも、南極でも、ロケットで宇宙に行った人とでも通話ができるというのに、天国に行った人とだけはどうしても話すことはできないのだ。
早く母に会って話がしたいなあ、と思う。私の数年前にやはりお母さんを亡くした親友は、仏壇を拝むとき「ママ、私が死ぬ時は絶対迎えにきてね」と言うと聞き、私もまったく同じだったので驚いた。

入院中に母がぽつんと「ママはなんでも1人で耐える運命なんだわ…」とつぶやいたことがある。2歳で実の母と死に別れ、祖母に育てられた母は10歳くらいで1人田舎に疎開に行かされ、辛い目にあったそうだ。
結婚してからはきょうだい中でただ1人、転勤族の妻として、見知らぬ土地を転々とし、たくましく生きてきた。
「なんでも1人で耐える運命」。
私には娘も姉妹もいないので、何かにつけて母のこの言葉を自分にオーバーラップさせてしまう。

早く母と話がしたいが、息子たちが私を必要とする間は、がんばらなくてはいけない。母は死んでからも、私のことをずっと心配していると思う。それだけ親不孝な娘だ。せめて母の誕生日である今日だけでも、心穏やかに過ごしたかった。

ママ、もうすぐけんちゃんは小学校卒業だし、お兄ちゃんはこの土曜日、転勤で大阪に行ってしまうのよ。いろんなことが交差する早春。ママの誕生日なのにゆっくりお祝してあげられなくてごめんね、と親不孝娘は今日、母の遺影に向っていつものように謝った。

(今日はごく私的なことを書いてしまいました。今後、更新をまめにするためにも日記形式にしようと思っています。よろしくおつきあいください。
b0036381_23123342.jpg

[PR]
# by gbsatomi | 2005-03-14 23:14 | DIARY


コスメのことならhttp://satomiomio.exblog.jp/へ!


by gbsatomi

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

ごあいさつ
LOVING JOHN & FAB4
MUSIC
DIARY
BEAUTY
FLOWERS

最新のトラックバック

今月のCD-part 2..
from DAYS OF MUSIC ..
卵巣がん
from 卵巣がん
愛はかげろうのように
from BULLVEGA ブログ
[内田勘太郎]ムッシュか..
from MUSICSHELF:最新プ..
Julian Lenno..
from 湘南のJOHN LENNON..
千葉市
from 千葉市の情報
卵巣がんの種類 症状診断..
from 卵巣がんの種類 症状診断と再..

フォロー中のブログ

おかずの『プチ文芸部』
Kayokoの 『Swe...
コスメ道

Link


さつきが丘フィールズ
・愉快な仲間のHP
サマーディ (Samadhi) for Conscious Evolution
・スーパーソムリエ、ワインセラピストさんのブログ。
音楽もいっぱい。
「あいだ」にあるもの
・ジョージ大好きギタリスト、
yujiさんのブログ。
Good Timin'
・あらゆる年代の洋楽に詳しいモスコさんのブログ。
BEAT ODYSSEY.COM
・ジョン・レノンを心理学的
アプローチで研究する
KENNYさんのサイト。
ロックdeシネマ
・元祖ロックからHR/HM、LOUDまで幅広く紹介する
pagさんのブログ
In My Life with the beatles
・ビートルズが3度のご飯よりも好きな、ダン・コレステさんのブログ

♪My Favorite Albums♪

ジョン・レノン「John Lennon /Plastic Ono Band」
まさに「ジョンの魂」がまるごとつまっているかのような、ジョンファンにはバイブル的アルバム。本当にジョンを好きじゃないと、重々しくて聴きにくいかもしれません。でも歌詞はともかく、サウンド面ではシンプルロックの原点のように思います。

「ロックするピアニスト」 ポリーニの「ショパンエチュード」。超絶技巧で弾きまくるこの爆弾のようなCDは、ピアノに興味がなくてもロック好きな人なら、きっと衝撃を受けるでしょう。数あるショパンエチュードの中でも
最高の1枚です。

ライフログ

ジョンの魂 ~ミレニアム・エディション~

ショパン:12の練習曲

以前の記事

2009年 03月
2009年 01月
2008年 09月
2007年 06月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
more...

検索

人気ジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧