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今年もチョコが日本中を飛び交う(20年前のOL編)

バレンタイン回想録第2弾は花のOL時代。
実質3年足らずという「腰掛けOL」(今は死語ですね)だったが、自宅通勤なのに一銭も家にお金を入れず、自分のことだけ考えていればよかった、人生で最高にのんきな時期であった。

私が入社したのが1985年だから、バレンタイン的には「義理チョコ」が市民権を得た頃、といえるだろう。
社内でも、その前日に各フロアをまわり、「明日お願いね」と「選挙運動」する同期の男性社員D君がいた。彼の報告によると、運動の効果が実り、本社で一番モテたI君についでチョコ獲得数2位だったと自慢していた。しかし同期男性ダントツ1位は現ユニ○ロ社長のT君。幼稚舎からの慶應ボーイでラグビー部レギュラー、わが社らしからぬ華やかなルックスを持つ彼は、そのとき千葉工場にいたにもかかわらず、本社や各支店から社内メールでチョコが殺到したというモテ男だった。ちなみに私はあげてません。
この頃は、①「義理以外のなにものでもないモロ義理チョコ」と、②「義理以上、絶対本命ではない仲良しチョコ」そして③「あなただけよ大本命チョコ」に分かれていたような気がする。
私の場合、妙齢というのに③は悲しいことに、いない年もあった。すると、②を面白おかしく選ぶことが、バレンタインの時期ならではの楽しみでもあった。

私の所属していた部は100人超の大所帯。その中で独身男性は5、6人という圧倒的オヤジの職場だった。そしてこの中に「仲良しおじさん」が何人かいた。
それは、たまに誘われて飲みに行ったり、お寿司を食べたり、カラオケに行ったり、はたまた銀座や六本木のライブハウスに連れていってもらったりする人達のことで、もちろんそれは複数で行くことであり、120%、健全なものであった。いずれも40半ばくらいのおじ様たちだったから、娘を連れて行くようなものだったのだろう。若手同士でアフター5を楽しむこともあったが、おじ様たちに同行するのも、それはそれで楽しいものだった。
こういう人たちに渡す「お気楽仲良し義理チョコ」は朝、会っていきなり「はい、チョコです」と手渡しする、オープンなものだ。そのノリで何人かあげた中に、同じフロアだが違う部のTさんがいた。
社内バレーボール大会で親しく話すようになったTさんは、家の方向が同じだったので飲み会の帰りも一緒に電車に乗ることが多く、そんな時は娘さんの大学進学について私に意見を求めてきたりする「いいお父さん」だった。Tさんは、たまたまバレンタインの朝、姿が見えなかったので、机の上に無造作に置いておいた。
その翌日の午後。
「Yちゃん、(私の旧姓)○○部のTさんから電話よ」と先輩の声。えっ、何だろう?仕事上では直接関係ない人から電話って珍しいなあ、と思って出たら
「昨日は朝来て、すぐ出張で福岡に行った。チョコレート、ありがとう。嬉しかった。
(少しの沈黙)それで…今日夜、羽田に来てほしい。○時○分の便で着くから。羽田東急ホテルで会いたい」
と言うではないか。
その口調は感情を押さえ強引で、いつものまじめでにこやかなTさんとは全く違った。

これには、世間知らずだった私もたいそう驚き、とまどった。「何か、勘違いしてない…?」しかし、とっさに何と答えていいかわからなかった。
「夕方、もう一度電話するから」と言ってTさんは電話を切った。

どうしよう…そんな…私、Tさんと2人で会うなんてそんなのイヤだわ。ただの仲良し義理チョコなのに、どう受け取られてしまったのか…

今にしてみれば、「えっ?今日?ダメなんです。そんな、お気遣いなく。ただの義理チョコなんだから」などと言えばよかったものを、当時はそうやって上手く切り返すこともできなかったのだ。夕方、もう一度電話がある前に何か対策をとらなければいけない。そこで愚かな私が考えたのは、違う会社にいたK君に電話をかけることだった。

K君は、学生時代にホームステイ先で知り合った仲間で、就職先も私の会社から3軒となりのビルだったりしたので、彼の職場の仲間と私の職場の仲間でいわば、「グループ交際」的なことをしていた。当時彼とは「友達以上、恋人未満」という言葉がぴったりの関係だった。
「ねえ、今日夜、羽田につきあって。私、車を出すから。実は会社のおじさんが
これこれしかじかで…一緒についてきてほしいの」
携帯もメールもない時代のことである。就業時間にこんな電話をしていたのだ。
K君は、私の急な申し出を引き受けてくれた。

そして夕方、約束どおりTさんから電話があった。
「あの、私の友達も一緒に行っていいですか?彼は○○○(会社名)のエンジニアで、Tさん(同じくエンジニア)ともお話が合うと思うんです…」と、何とも間抜けなことを言った私に、Tさんは、「そう、わかった。いいよ。じゃあ、○時に羽田東急のロビーで。飛行機の発着が見えるレストランで、あなたと話がしたいと思ってたんだ」と言った。

そして約束どおり、そのレストランで3人で会い、当たり障りのない話をして、適当な時間に別れた。食事代は、すべてTさんが持ってくれた。

今考えたら、私は2人の男性に対してとても失礼なことをしていたわけで、悪気はまったくなかったとはいえ、若気のいたり、はたまた世間知らずの骨頂というべきか、何とも愚かなことをしたものだと思う。
バカ正直で、不器用で、世事にうとかったOL時代、他にも似た類のことをいくつかしていた。後に、あれもいい社会勉強であったと思ったが、教材にされてしまった方たちには大変申し訳かったと今でも反省している。

時は流れて、社会で女性の立場が圧倒的に強くなり、また企業においても「腰掛けOL」なんて化石のような人種はいなくなった今、職場のバレンタイン模様もかつてとは様変わりしていることだろう。変わっていないのは、デパ地下のチョコ売り場の混雑と、あれこれ楽しく選ぶ女心、そして、たとえ義理でも、女性にチョコをもらうと嬉しい(のかな?)という男性心理であろうか???
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by gbsatomi | 2005-02-13 01:08 | DIARY

今年もチョコが日本中を飛び交う(青春の入り口編)

というわけで、いよいよ近づいてきたバレンタインデー。
ローマの殉教者、St.Valentineの命日にちなんで、欧米ではこの日、恋人同士がプレゼントを交わす日とされる。特にこの日は、女性が男性に愛を告白してもよい、とされたわけで、それは「愛の告白」などというものは、通常男性から女性にするものとされていた古き良き時代の「特別な」風習とでもいうものだった。だから特別な意味を持つこの日の存在意義があったのだ。
昨今では洋の東西を問わず女性から男性に告白することは日常茶飯事、とまでいかなくても珍しいことではないだろうから、このSt.Valentine’s dayは、欧米ではとりたてて意味のある日でもないのかもしれない。

ところが日本では、チョコレート業界全売上げのなんと9割がこの時期のものという、国民的一大イベントになってしまった。
仕掛け人は神戸のチョコレートメーカーといわれている。その商戦が大当たりし、いまや老いも若きも、国民全女性こぞってといっていいほどチョコを買い、「本命」以外の「義理チョコ」探しに精を出すという、なんとも日本的な風習を生み出しているのだ。b0036381_2130696.gif

さて、ご多分にもれず「義理チョコ」を買う私ではあるが、本当はこんな商魂にのってしまうのはイヤで、できればみんなが純粋にonly oneのチョコをあげるべきだと思っている。
だって、女性には本当はそれが一番幸せなはずだから。
中1のとき、初めてバレンタインにチョコを渡した、あのドキドキする高揚感は、たった1人の人に渡すから味わえるものだと思うからだ。

その頃、違うクラスのT君に憧れていて、彼にチョコを渡せたらなあ、と思っていた。そして、同じクラスで彼とバスケット部で仲の良かったO君に、T君のことをリサーチし始めた。
O君は面白がって、T君のことをいろいろと教えてくれた。「付き合ってる彼女?いないみたいだよ。どんな子が好きかって?髪の長い子みたい。ねえ、なんでそんなこと聞くの?」
「いや…ちょっとね。なんでもない」
このリサーチは3日ほど続き、そのたびに彼はニヤニヤ笑いながら「なんでそんなこと聞くの?」と尋ねた。答えはわかってるはずなのに。私は「いや、なんでもない」と答え続けた。

そしてある土曜日の午後。意を決して私は、親友と一緒にデパートにチョコを買いに行った。
あのときの、大人になったような気分は忘れられない。
デパートなんて、親と行くものと思っていた場所。そこに、友達と来ただけでも興奮する出来事なのに、さらにお互い好きな男の子のためのチョコを選びに来たという事実が、当時の13才の少女には十分すぎる、刺激的な体験だった。
といっても、チョコ選びなんてあっさりしたもの。
私の記憶では、現在ほど大規模で派手な売り場もなく、1ヶ所にチョコが集まっていた。その中でお小遣いで買える範囲の、せいいっぱい大人ぽいものを選んだつもりだった。
でも、そのチョコを学校に持っていくために包んだのがスヌーピーのランチバッグ。いかにも子どもの仕業ではないか。

チョコを買い用意周到となった私は、さらにO君に、T君のことをリサーチした。O君はついに「なんでそんなことばっかり聞くんだよ~、Tのことが好きなんだろ」と言い始めた。
「そんなことないよ」と苦し紛れに言う私にO君は人懐っこい目つきで「だったらなんでそんなにTのことが気になるの?」と問いかける。ついに私は「あの…だから…ちょっと憧れててね」と白状した。O君は我が意を得たとばかりに得意満面になり、さらにT君の攻略法などをいろいろ教えてくれた。当時、O君の斜め後ろの席が私で、休み時間ごとに交わすそういう会話はとても楽しかった。
そのうち、私は「T君にバレンタインのチョコあげたいんだけど、受けとってくれるかな?」と恐る恐る聞いてみた。O君は「そりゃあ、受け取ってくれるよ!」と、自分のことのように喜んで言った。

そして、いよいよ明日がバレンタインという、1976年2月13日。
「女心と秋の空」とはいうが、どういう心境の変化か――私は、急にO君にチョコをあげよう、と決心したのだ。
「白状」して以来、O君は自ら私に「Tはねえ~」などと、T君の話をするようになった。昨日の部活での出来事など、面白そうに解説してくれるのだ。その人懐っこい笑顔が私の琴線に触れてしまったのか?自分でもどうしてそういう行動をとったのかわからない。
とにかく、「O君っていい人だな」と思い始めた私は、話したこともないT君にあげるより、O君にあげよう、とバレンタイン前日に初心を覆してしまったのだ。

さて、当日。
スヌーピーの紙袋に入れたチョコを革の学生鞄に押し込み、ドキドキしながら学校に持っていった。朝のHRでは先生が型通りに「今日はチョコなんて持ってきた子、いないでしょうね」と念を押す。
禁じられていることを実行する、ということに少し罪悪感を覚えたが、それがまた何ともいえない快感でもあった。
放課後、女友達の協力を得てO君を校舎の陰に呼び出す。飄々とやってきた彼の面持ちは、まさかチョコを渡されるなんて予想もしていないように見えた。
私のドキドキも最高潮に達する。けど、しっかり言わなくちゃ。
「はい、これ、チョコレート…あげる!」
「?……………あ、ありがとう…」
人懐っこい目を一層丸くして、彼は言った。キツネにつままれたような気分だったに違いない。
その間、ほんの15秒足らず。甘酸っぱい私のファースト・バレンタインだった。

その日、家に帰ってから私は自分のしたことを後悔し始めた。O君に渡してしまったことにより、もう明日から恥ずかしくて彼と話せないような気がしたのだ。
こんなことなら、クラスも違って顔も合わすことのないT君にあげたほうがずっと良かった、当初の予定どおり…と後悔の念が強く残った。

そして翌日。
不安な気持ちで登校した私に、先に来ていたO君は振り返って、ちょっと照れくさそうに、でもきっぱりと爽やかに言った。
「昨日は、チョコレート、ありがとう!」
いつもの人懐っこい笑顔だった。
何と答えたか覚えていない。でもこれで、また普通にO君と話せる、との安堵感に覆われたのだった。

義理チョコなんて概念のなかった時代、純粋だった頃のバレンタインの思い出は、今でも色褪せず残っている。
もう二度とできない経験…だろうなぁ~。
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by gbsatomi | 2005-02-09 17:12 | DIARY


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