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Lucky Twin Eggs

先日の話です。
調理中に卵を割ったら、なんと「ふたご」!
b0036381_0124350.jpgわたし的には大変珍しい。遭遇したのは15年ぶりくらいじゃないかな?
毎日のように卵を割る私ですが、
時折「最近本当にふたごの卵って少ないなあ」と思ってたのです。
子どもの頃は、わりとあったよね、ふたご。
母が台所でたまに「わっ!ふたごよ」と言うと、とんでって見たものでした。
珍しいものを見ると、なんかHAPPYな気分になるんですよね。
別にどうってことないことなんだけど、ほのぼのと嬉しいというか。

で、私も当然リビングにいた息子たちに言いました。
「わっ!ふたごよ、ふたご!」
こういうとき、相手をしてくれるのは次男です。
わあわあと興奮して感想や薀蓄を述べる私の言葉をふむふむ、と聞いて、写真に撮ろうとか目玉焼きにしようとか一緒に盛り上がりました。
「ああ、なんかいいことないかしら」
「そうだね、ツキがあればいいね」
一方長男といえば、台所で盛り上がる私たちに目もくれず、なんとTVゲームに熱中している。
「ちょっと、これ見なさいよ!珍しいんだから。ほらほら、ツキがあるよう拝んでおきなさいよ」
無理やりふたごの入ってる器を見せる私に「ん?あ、ああ」と一瞥するだけ。
まったく~!

そしてその卵は予定を変更して目玉焼きに。ちょっと不細工になっちゃった。
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それから当初予定した料理を作ろうと、また冷蔵庫から卵を出して割りました。
そしたらなんと!
またまたふたご!!b0036381_0175465.jpg

まあびっくり。こんな珍しいことがあるなんて。
これはブログで自慢したいぞ~、なんて思い、ちょっと検索してみました。
すると、いくつかの「ふたごの卵」自慢?ブログが見つかりました。
それでいろいろ読んでいくと、昔に比べてふたごが出なくなった理由がわかりました。
現在では、ふたごの卵は「規格外」として売り場に出ないそうなんです。
「M」とか「L」とかグラム単位で規格が決まっているから、ふたごの卵はどうしても重くなりがちなので、はじかれるんでしょうかね。そういえば、私が買ったのは「LLサイズ」でした。めったに行かないスーパーで、珍しいサイズのものを買ったのでした。

重量だけでなく、ごく弱いエックス線か超音波で中身を検査して、ふたごははじかれると書いてあるサイトもありました。

な~るほど、昔に比べてふたごに遭遇しづらいわけだ。

でもはたして、これが珍しい=ラッキーということになるのだろうか?
そしたらこんな文章を発見。

工業製品に例えると「規格外の不良品」になるため、品評会でも確認され次第失格となる。しかし食品として何ら不都合な点は無く、むしろその珍しさ(1羽の鶏が産卵を開始してから廃鶏として淘汰されるまでに二黄卵を産む確率は僅か1~2%といわれている)から縁起物として、農産物の直売や通販などでは付加価値も付く。

縁起物か~。うん、悪くはないぞ。
なんて思いながら、その「2つめのふたご」も目玉焼きに。(またまたブサイクだ)
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それから4日後・・・
「ラッキー」なことが本当に起こりました!
受験生の長男に、「ツキ」があったのです。

ふたごの卵の威力、恐るべし。
今度から願い事があるときは、あのスーパーで「LL」サイズの卵を買おう、と決めた
愚かな私です。
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by gbsatomi | 2009-03-01 00:45 | DIARY

1月17日

またまた最近見た夢の話をさせてください。

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なにやら大災害が起こったらしく、給水所にポリタンク持って並び、水をもらっているsatomi一家。息子たちもこういう力仕事なら役に立つ。
b0036381_3134874.jpgかくして男3人が18リットルタンクを持ち、私はペットボトルに水をもらって帰宅しようとしたとき。
「いいわね、あなたのとこはたくさん水をもらえて。うちもミルク用の水もっと欲しいのに」と、赤ちゃん連れの女性に非難された。
給水は、1世帯に1タンクじゃなくて、一人に1タンクという決まりになっている。だからうちはズルをしているわけじゃないのだ。
でも、女性は赤ちゃんを抱いているから給水を受けられず、ダンナさんが1タンクもらってくるしかないのだろう。そこへ我が家がたくさんのタンクを持って通ったわけで、つい恨み言のひとつでも言いたくなってしまうのはわかる。
しかし、そこでタンクを一つ差し出すほど聖なる心を持っている私ではない。
「悪いけどあげられないわ。人が多くいるとその分水もたくさん要るのよ。ごめんなさいね」と心の中でつぶやき、バツ悪くその場を去った。

その後、水道が復旧した。
しかし私は水道局に電話をかけ、「うちはまだ水出さなくていいから、代わりにあの女性の家の水を先に出してあげてください」と頼んだ。「だって、あそこは赤ちゃんがいて、ミルク用にたくさん水を使うのに、なかなかもらいに行けなくて困ってるから」
あのとき、女性に水を分けてあげなかったことに対する後悔の念が、私にそう言わせたらしい。(夢の中なので支離滅裂な話である)

水道局の人は困惑した声で「あなたのお気持ちはわかりますけどね…でもそんな理由で水を止めたりはできません」と言った。
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ここで目が覚めた。
しかし、なんでこんな夢を見たのかな?と考えたら、前日に新聞で「阪神・淡路大震災で兄を失った子が、その形見のランドセルを持って今春小学校へ入学する」という話を読んだことが思い当たった。
「そうかぁ・・・もうすぐ阪神大震災の日なんだわ」

1995年のことだから、今年で14年になる。
あのとき社宅に住んでいたが、まわりのみんな誰もが、防災用品をあわてて用意したものだった。関東大震災や東海地震はいつ来てもおかしくない、と言われていたのに、ノーマークだった関西で未曾有の大地震が起こったのだ。
不謹慎ではあるが、私は「いつか関東にも来るなら、どうかこの子たちが自分で走って逃げれるようになるまで待って」と思っていた。
当時、5歳と3歳になる直前だった息子たちを、おぶって抱っこしてエレベーターのない建物3階から避難することは、いくら力持ちの私でも無理だったからだ。5歳の子なら一人で逃げれるのかも知れないが、そんなパニック時に自分の手から離してしまうことは考えられなかった。
その後、北海道、東北、新潟などで何回も大地震が発生したのに、なぜか関東ではないままで、幼かった息子たちも高校生になった。

目下、我が家では「1月17日」というと大学入試センター試験の日であり、受験する長男はぴりぴりしている。
でも、世間ではたしかにセンター試験も話題になるとはいえ、やはりなんといっても「あの日」なのだ。
息子たちと同世代の、幼い命もたくさん奪われたことだろう。
あの地震さえなければ、普通に成長して受験を迎えたり、社会人になったりして青春を謳歌していたはずなのに。
そう思うと、「元気に生きてて、受験できる」ことがどんなにありがたいことか、少しは考えてみなさいっ! と、ダラダラ漫画を読んでる息子に怒鳴りたくなる私なのでした。

改めて、阪神・淡路大震災で亡くなった方々のご冥福を祈りたいと思います。

そして全国の受験生、がんばれ~!
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by gbsatomi | 2009-01-16 03:23 | DIARY

おそすぎないうちに

あけましておめでとうございます。

今年も皆様にとって、良い年でありますように・・・・・

さて、年頭にあたり立てた私の目標は
「ブログの更新を去年より多くする」 です。
思い切り簡単な目標です。だって、去年は1本しか記事を書かなかったのですから。

伝えたいこと、聞いてもらいたいことなどたくさんありながら
「自分をさらけ出す」のが嫌になってしまう、というジレンマに陥っていました。
ネット上での対人恐怖症になってしまったような・・・
普段の私は人と話すのが好きで、いつも明るく振舞うタイプなんですけどね。
5年ほど前からの精神的落ち込みが、昨年はどん底までいってしまいました。
今年はほんの少しでも這い上がろうと思ってます。

そんな自分自身にエールを送るかのような歌を紹介します。
「おそすぎないうちに」

口語の平易な歌詞が胸を打ちます。
小学生向けの歌ということですが、内容は普遍的なもので、大人が歌っても素敵な歌だと思います。

なくしてしまってから その大切さに気づいて
悔やんだり 悲しんだりしても遅すぎるよ

もしかしたら 一番この世で大切なものは
ふだんあまり身近すぎて 気にもとめていないかも

今あるすべてのものは 当たり前なんかじゃなく
今あるすべてのものが 奇跡的にあるとしたら
君はどうやってそれを守るだろう

おそすぎないうちに まにあう今のうちに
できるかぎりのことをしよう
生まれてこられた お礼に


なくしてしまってから そのあたたかさに気づいて
悔やんだり 悲しんだりしても遅すぎるよ

もしかしたら 一番この世で大切な人は
当たり前と決めつけてて いると疑わないかも

生きているすべての人は なんとなくなんかじゃなく
生きているすべての人が ぎりぎり生きているとしたら
君はどうやってそれを愛すだろう

おそすぎないうちに まにあう今のうちに
できるかぎりのことをしよう
生まれてこられた お礼に


今年もよろしくお願いします。
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by gbsatomi | 2009-01-02 23:21 | DIARY

明けましておめでとうございます

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。b0036381_23354029.jpg

昨年もご愛読いただきまして
ありがとうございました。
ブログで多くの方々と知り合うことができ、
嬉しく思っています。

また、いつも会ってお世話になっている人、
めったに会えないけど
昔からの大切な友達などにも
私の考えていることや近況をわかってもらえたかな、なんて思ってます。
でも反省すべくは・・・もっと更新しなくちゃねm(__)m

今年は少し変わります!
もっと元気に。

もしかして、新しいブログをたちあげるかも?

皆様にとって、今年も良い年となりますよう、お祈り申し上げます。

そして、今年もこんな私をよろしくお願いします。

2007年 新春      

                  satomi
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by gbsatomi | 2006-12-31 23:27 | DIARY

長らくご無沙汰してしまいましたm(__)m

不定期更新のわがグータラブログですが、こんなに空けてしまったのは史上初めてのことで、「今日こそは!」と思ってクリックしてくださった方(がいらっしゃるかどうかはわからないけど)、毎日すみませんでした。
無気力病がひどくなっちゃって、日々の生活をこなすのにやっとでした。というか現在進行中。(でも、対外的には元気なんですけどね)
ブログでのおつきあいからメールをいただいたりもしたし、お返事しそびれていることもあって、ただただ、申し訳ないと思ってます。少しずつ、上向きになっていきたいと思いますので、ここのところの非礼をお詫び申し上げます。
この間、管理画面に出る「訪問者数」に毎日励まされてきました。多くの方々(私にしては多い、という意味)が、こんなブログをとりあえずチェックしてくださってる。最近変なTBは全然ないので、純粋にこのブログを見ようとした方か、たまたま通りがかりの方かはわからないけど、本当にありがたいことです。PCの前で何度頭を下げたことか。
マイペースで相変わらずの戯言を発信していきたいので、今後ともどうぞよろしくおつきあいのほど、お願いいたします。

さて、久しぶりの更新のときは、また夢の話を聞いてください。
先日見た印象的な夢。

私は住宅街の大きな坂道を登っていた。どうも、中学生の頃に住んでいた名古屋の家のそばのようだ。(やたらと坂の多い町だった)そばには配偶者がいる。
坂の勾配がきつくなってきた。「何これ?こんなきつい坂だったっけ?」と言う私に、「そうだよ」と平然と答える連れ合い。

そのうち傾斜がどんどん激しくなってきた。息が上がってくる。こんなはずでは…と思いながら必死で登る。気がついたらそれは、90度の断崖絶壁になっていた。止まるわけにはいかない。そこはごつごつした岩場ではなく、大理石のようなつるつるとした石の絶壁。止まったら最後、滑り落ちるしかないし、上に登るにも、滑らないようにほんの少しずつ足を動かして細心の注意を払わねばならない。はぁはぁ。苦しい。でも登りきらなくては。

いつか、頂上となって、この苦しさから逃れられるだろう。そう思うしかない。
登るのをやめたら、滑って落ちるだけ。それは死を意味するのだ。
だから何としてでも・・・はぁはぁ、でももうダメ。ああ、もうダメだぁ!と思ったとき。

目の前の絶壁が90度折れ曲がって、平らな頂上が見えた。
やった~!!両手を投げ出し、最後の力をふりしぼって体を頂上に預けた。
登りきったんだ!助かった!幸福感と脱力感。著しい疲労感。
平らな頂上で、私は文字通り大の字になり横たわった。動けなかった。
連れ合いの消息もわからない。というか考える余裕もない。
しばらくすると、頂上にいた小さな男の子が、ふざけて足を踏み外した。
「ああ~っ!」という皆の悲鳴が聞こえ、数人の大人が転げ落ちる男の子の体を止めようとしている。私は大の字になってのびたまま、その子がもしかしてうちの子じゃないかしら?と心配になったが、動く気もしない。というか動けないで、横たわったままだった。

と、こんな夢でした。
「何なの~これ?」って目覚めて思いましたよ。夢占い師、という人がいたら占ってほしいわ。やけにリアル。でもまあ、何とか生き延びたから良しとするか。でも生き延びたの私だけ??う~ん、なんだかなぁ・・・ま、いいか、夢だもん。

さ~てと。
書きたいことは日々たまってたので、何から書こうかしら、という感じですが、まずはこれを書かせてください。
satomi流「LOVE」の総括。

「LOVE」それは、父から息子への贈り物。
b0036381_23474683.jpgSir. ジョージ・マーティンから、息子 ジャイルズへ。
一生困らない程度の、財産をあげよう!
ポール&ヨーコ、&リンゴ、オリビア「まあ、いいわ。世話になったジョージのためならば。好きにして」

あはは!このアルバムについては、多くの方がブログに感想を書かれていて、そのたびおじゃましようと思ったけど、結局おじゃましたのは「遼さん」のブログ。コメンテーターも論客ぞろいでなる遼さんのブログに書くには恥ずかしいコメントでしたが、上記のようなことを書かせてもらいました。

でもねぇ、ビートルマニアにはそれなりに利点もあるアルバムだと思います。音の良さにわくわくすることと、ちょこっとだけ使われてる部分を言い当てて、一人悦にいること(笑)サウンドコラージュクイズというのか。あと、ビートルズのコピーをしている者としては、
楽曲のつなげ方(ライブ時)の参考にもなるし、オリジナルでちょっと不鮮明だった音がはっきり聞こえて「なーるほど、こんな音がかぶさってたのか」という点も。
(かねてから聞き取りにくかった、Somethingのピアノ部分がずいぶん立ち上がってきました)
だから私、このアルバムを否定しているわけではありません。
ただ、東芝EMIの売り出し方がいやだ!
「新作」はないでしょ、新作は。
シルク・ド・ソレイユ「LOVE」のサウンドトラックでいいじゃない。
というか、そのものでしょ。
そうやって、さりげなく売り出してくれれば好感度大だったのに。

で、総括って・・・

And in the end
The love you take
Is equal to the love you make.

こんなとこかな(笑)
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by gbsatomi | 2006-11-30 23:50 | DIARY

卵巣がん治療の向上を願って

先月、友達が天国に旅立ちました。
44歳。卵巣がんでした。
美しく、聡明だったMami。モデルのバイトもしていたほどの美女なのに、気取ったところがなく、優しく楽しい女性でした。
神様は、美人薄命の法則を彼女に適用してしまった、と思いました。

お母さんを同じ病気で3年前に亡くし、見送った後に自分も同じ病気に冒されていることに気づく。そのとき既にステージⅣ。
そこからMamiは、果敢に闘病したのです。生粋の湘南ガールで、学生時代はウィンドサーフィンのクラブにいた彼女は海が大好き。ハワイ大好き。そのハワイに、病気になってからも3回行ったそうです。亡くなる2ヶ月前にもハワイに行ったというのに。。。

Mamiは、卵巣がん患者が集うサイトの掲示板で、活発に投稿していました。
自身、重篤な状態だったのに、皆を励まし、支え、慰め、元気を分け与え・・・・・
彼女の訃報を知った多くの人が、パソコンの前で涙を流した、悲しくてたまらない、などと投稿していました。優しかった、大好きだった、ありがとう、あなたのことは決して忘れない、と掲示板上のつきあいで会ったこともない人たちが、我がことのように悲しんでいる様子を見て、「Mamiは昔と全然変わらない、みんなに愛される人だったんだ」と改めて思いました。

その彼女が、思い残していったのではないか、というのが
「未承認や保険適応外の抗がん剤の早期承認を求める署名運動」 です。

抗がん剤は、最初は有効であっても治療を続けていくうち、耐性ができてしまってやがて効かなくなるそうです。卵巣がんは再発しやすく、以前の抗がん剤が効かなくなっていたら、別のものを使うが、日本では承認されているものが少ないらしく、患者の選択は狭められていく。

Mamiは、個人輸入で未承認薬を使って治療したようですが、全額自己負担のためその費用は1回の治療(点滴)で50万もかかったそうです。しかもその薬は、世界60カ国以上で承認されていて、欧米諸国では標準的な治療に使われる薬。医師によると「未承認なのは北朝鮮と日本だけ」というものらしいのです。
日本でも承認に向けての動きがあるらしいけど、製薬会社が申請してから厚生労働省が審査・・・という、お決まりのコースがあって、迅速にはいかない。
この事実を嘆いた彼女が、掲示板で 「何とかならないかしら…」 と言ったのがきっかけで、署名運動が立ち上がったようです。

彼女の問いかけに応じる人、協力を申し出る人などが現れ、サイト管理人さんの大いなる尽力もあり、「ネット署名」という、短期間に署名を集められる有効な手段が整いました。
彼女も、亡くなる1ヶ月前まで関係各所に問い合わせたり、と自分の体にムチ打ちながら
がんばっていた様子。でも、神様は彼女を天国に召されたのです。

卵巣がん体験者の会 スマイリー
b0036381_1141678.gifこのサイトに、ネットで署名できる欄があります。
内容を読まれて、もし賛同されたなら、署名していただければありがたいです。
(私は会員ではありませんが、友達の遺志の実現に少しでも役立ちたい思いから署名し、このブログで紹介させてもらいました)

Mamiのお通夜には行ったが、翌日の告別式にはどうしても行けず、お別れできなかったことが心残りだった。
その日の夜・・・彼女はほんの一瞬だけど、私の前に現れてくれた。
下の記事の最後、「追記」をご覧ください)

今にして思えば、「satomi、かぶりつき、ズルーい!私も来ちゃったよ」って学生時代のノリで言ってたような。
Mami、ありがとう。私の中であなたは、永遠の天使。いつまでも、忘れない。
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by gbsatomi | 2006-10-03 01:15 | DIARY

ジョージのお告げ?

また夢の話になるけど、先日面白い夢を見たんです。
なんとビートルズが、どこかの学校の体育館で演奏している!
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それを私は、舞台の袖で見ているんです。だからよく見えない。
おまけに、その会場自体がユラユラ揺れて、もう「としまえんのバイキング」状態。
船酔いでもするかというような。一人ではとても立っていられず、私も何かに必死にしがみついています。
ビートルズが演奏しているのは「SOMETHING」。
ジョージが、泣きそうな声で歌っている。かなりラフな歌い方です。
でも私は「ああ、ジョージだ、ジョージだ、これが生ジョージの声だ・・・」とカンゲキしています。
そこでハタ、と目が覚めました。

ん?なんでジョージ?おまけに故人が夢の中で声を出している。
前に1度だけ、ジョンが夢の中に出てきてカンゲキしたことあったけど、そのときは茶色の髪の色がとってもきれいで、私はただ傍観者の立場で見てるだけだった。その夢の中でジョンが何かのアクションを起こしたりしなかった。
何か意味があるのかしら・・・?ジョージ。ジョージ・・・・・

実は、私が一番最初に惚れたのはジョージだったんです(ポッ…)
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それが、この写真。
ちょっとしゃくれてるかもしれないけど、カッコいいでしょ?カッコいいと思いません?
この写真に遭遇したのは、初めて買ったビートルズ本です。
いわゆる「ムック」という類の本で、グラビア、音楽評論家による様々な解説や対談から、楽譜まで(ソロになってからの曲もあり)載ってた、初心者には盛りだくさんの楽しい本でした。そこに載ってたこの写真を見て一目惚れ。12歳の頃かな。
ちなみにこの頃、ジョンは「論外」という感じでした。この写真、完全に脱アイドルしてるもんね。1966年頃の写真だと思います。

でも、その後多くのビートルズ本を手に入れ、ジョージの写真もたくさん見ることとなったが、二度と「惚れる」写真にはお目にかかれなかった。かといってジョンの写真に惚れたこともなく、女子には一番人気だったポールにも惚れたこともない。(あとリンゴも)
だからこの写真は私にとって貴重な写真です。ずいぶん前にweb上で発見したときはすごく嬉しくて、いつかブログで使おう、と思いながらお蔵入りになってたのでした。
そうか!ジョージが「あの写真、早く使ってよ」というために夢に出てきてくれたのかも!?

まあ、今またビートルズ漬けになっているので、そんな夢を見たのかもしれません。
明日(26日、土曜日)小さなライブハウスだけど、念願のデビューをすることになったんです。
今回はギターが加わり男性ボーカルになった、つまり私がしょぼいボーカルをとらなくてもいいことになったので、けっこうイケてる音になってきました。それに繰り返し演奏するなかで、ビートルズの奥深さを改めて知った気がします。

例えば「LOVELY RITA」。実はあまり好きな曲じゃなかったのです。2分30秒くらいの小品なんだけど、これってやればやるほど、ポールの極上のポップセンスがぎゅっと凝縮されている曲だな、と思うようになりました。
そういえば、以前ワインセラピストさんが、「GETTING BETTER」のことを賞賛されていましたね。(この記事でした)
アルバム「Sgt.」に入っている曲は、シングルヒットしそうな曲はあまりなくて、単独で聴いたら「これ、なあに」というものも多い。b0036381_11171553.jpgでもよーく味わってみると伊達に「ロックの金字塔」と言われているわけじゃないのですね。
ジョン派の私は、このアルバムではジョンの影が薄くなってきたこともあり、「それまでになかったトータルコンセプトアルバムである」「ジャケットも含めて芸術的作品である」とか、あとはドラッグの香りぷんぷん、とか、そんな認識しか持っていなかったんですが、そんな自分はまだまだ青二才であることがわかりました。
「好きなアルバム」にはならないと思うけど、「評価されるに値するアルバム」とようやく実感できた、というところです、
キーボード二人、という特徴を生かして次回は「BEING FOR THE BENEFIT OF Mr. KITE」をやってみたいなあ。

そういえば、昨日美容院に行ったんだけど、久々に私のお気に入りアシスタントのIさんがいました。彼は今22歳くらいですが、なんとビートルズに詳しいんです。
それもうわべだけの知識じゃなくて、かなり深いところまで。
美容院でぺらぺらしゃべるのは嫌いなんだけど、彼がアシスタントについてくれたときは、もう話が弾みます。若者だから、もちろん私の知らない90年代以降の洋楽についても詳しくて、NIRVANAとOASISは彼から教わりました。b0036381_11192835.jpg
「これだけは押さえてほしいアルバム」というのを、メモに書いてくれるんです。「今度いらっしゃるときまでの宿題ですよ」って。彼に会うのは久しぶりだったので「NIRVANAのほうが気に入ったわ」と言ったら、今度はRADIO HEADを宿題に出されました。

そんな彼が気をきかせて、昨日は店内のBGMをビートルズに変えてくれたんです。
有線なので、ランダムにいろんな曲が出てくる。でもよく聴くとその選曲は突拍子もないものではなく、曲調のつながりを考えてあるような気がしました。
美容院でヘッドスパを受けながら、大好きなジョンの声を聴くのは最高!でした。
行き帰りの車の中では、もちろんライブでやる曲をかけどおし。あまり練習する時間もないので、耳で覚える、体で聴く。(最近このへんの勘が鈍くて。。。寄る年波には勝てない(;_;) とにかく雰囲気をつかもう、と。

さあ、いよいよ明日!
ジョージのお告げは「がんばりなさいね」だった、と勝手な解釈をしてしまおう(笑)
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by gbsatomi | 2006-08-25 11:26 | DIARY

こんなこともあるんだな

なんと7月に入って1度もブログを更新していなかった。
先月の仕事が終わってからかなり抑うつ状態だった・・・せいかな?
こんな私のグータラブログでも、毎日クリックしてくださる方が(私にしては)多数いらして、管理画面で「訪問者数」を見るたび励まされ、せっかく訪問してくださったのに申し訳ない、との念にかられ、じゃあ何か書いてみよう、と日々の生活で書きたいことはいっぱいあるにかかわらず、いざとなると気力が萎えてしまう、という繰り返しだった。

自分のブログなんだから、好き勝手なことを書いてもいいわけで、それに対して「気力が…」なんて甚だおかしい言い訳だと思うが。
しかし今、正直言って仕事(報酬をもらうもの)以外は最低限のことしかできていない。家事も子どもの世話も。「最低」のレベルが思いっきり低いところに設定されていて、それをこなすのがやっと、という生活。当然自分磨きなどする余裕もなく。
鏡を見ると、どよーん、とくすんだ肌の中年女の顔が見える。ああいやだ。

おっと、もうやめよう。これ以上グチグチ書くと「おっ!いよいよ更年期突入か!?」などと冷やかす御仁の顔がちらほらと浮かんできたもん。
私、このブログを立ち上げたとき、高らかに「アクティブに生きる『新・40代』を目指す」なんてうたっちゃってるもんね(汗
これ、恥ずかしいなぁと思いながら、面倒で訂正してなかったのですよ(-_-;)
そうだそうだ、元気出さなきゃ。たとえカラ元気でもね。

で、また前置きが長くなったが、今日ちょっと不思議な夢を見て、もしかしてそのことが何か書く力を与えてくれたのかな、という気になったのです。

私の仕事は月刊紙なので、その月の締め切りが終わるとホッと一息つける時間がわずかながらある。今日の午前中がまさにその締め切りだったので、昨日の夜なんて目を血走らせながらPCと格闘していた。
今日ぎりぎりで入稿し、風邪をひいて具合が悪かったこともあり午後はぐっすりと寝てしまった。(関東地方はこの2~3日寒い!のです)

夢を見た。
断続的に目が覚めたし、そのつど違う夢を見ていたので、どんな夢?と聞かれてもはっきり答えられない。
しかし、ある1シーンだけを強烈に覚えていた。
私の足元にいた猫が、いきなりジャンプして私の左肩に乗った。
まるで手乗り文鳥のような、軽々とした身のこなしだった。
そしてその猫は、私に向かって思いっきり笑顔を見せた。
猫が笑ったのである。アニメのキャラクターでもなんでもない、リアルな猫が。
人間が笑うように、口角が上がり、ニコっ!と笑った。
その猫に触れると、ふわふわの毛並みが柔らかくて気持ちよく、なんともかわいい猫であった。夢の中で、誰とはなしに「見て、この猫、かわいいでしょう~。ほら、フワフワなの!」と話しかけた。特に動物好きでもないし、まして猫よりは犬派の人間である私が妙にかわいいと感じた猫だった。

ただそれだけのシーンだった。
猫の毛の色も覚えていない。
目覚めて、熱っぽいからだを引きずりながら「ああ、風邪薬買いに行かなくちゃ・・・」などと覚醒していった。そのときだった。

「あの猫が!?・・・・・」

一昨日、家のそばの広い道路を通ったとき、前方どまん中に奇妙な物体が見えた。
ドライバーの本能として「あるもの」を想像して、避けるでしょ。でも怖いもの見たさもあって、横を通るときはしっかりと確認する。
やっぱり・・・であった。
猫だった。それも不思議な格好。手を、じゃなくて足か。片方の前足だけ、高く宙を仰ぐように上げたままで体は斜めになったまま、事切れていた。
体が傷ついている様子はなかった。
「それにしても変な死に方だわ・・・」

帰りはその道路を避けるつもりが、つい習慣でまた通ってしまった。
分離帯のある道路だが、反対車線にまだその猫は、そのままの形で放置されていた。
「あら、誰か通報しないのかしら」 私は運転歴20年余り、幾度となくそういうものに遭遇してきたが一度たりとも通報したことがない。
家についてもあの悲惨な格好で置きざりにされていた猫が気になり、ついに電話した。

現場にほど近い区役所にかけたが当然のように「管轄が違う」といわれ、○○土木事務所にかけてください、と言われてかけ直した。
「はい、うちで処理するんじゃないですけど、場所だけ聞いておきます。え?区役所のそば?近くに何がありますか?」
新興住宅街ゆえ、何もない場所なのだ。「えーっとお、だから区役所のそばに新しくできた橋のそばでぇ・・・まわりは家しかなくてぇ・・・」地図が苦手な私の説明はさっぱり要領を得ず、相手は困っていたようだ。「とにかくその辺で探します」と言って切られた。

今日、午睡の夢に出てきた猫は、あの猫だったのかしら。
笑ってた、ってことは喜んでくれたのかな。まあ喜ぶっていうのとはちょっと違うけど。
飼い猫か野良猫かしらないけど、たかが猫と言えばそれまでだけど、一寸の虫にも五分の魂、というように猫には猫なりの気持ちがあって、生れ落ちたからにはもう少し生きたかったに違いない。なぜあんな悲惨な格好だったのか、もがき苦しんだ末なのか。それにしても普通はパタっ、と足を地面に下ろして事切れるはずなのに、あんなふうに上げたままで地球の重力に逆らって事切れたなんて、よほどこの世に未練があったのか。

そして、あの猫は教えてくれたのかな。
「satomiさん、生きてるんでしょ、うらやましいよ。精一杯生きてよ」 なんてね。

あはは・・・「猫が死んでたので通報したら、夢に出てきて笑ってた」 とたった1行で済む日記なのに、またこんなにダラダラと書いてしまった。

早く風邪治して、明日からのつかの間のオフを充実させよう。
ひとつトシもとったことだし、生まれ変わったつもりでね!
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by gbsatomi | 2006-07-21 22:52 | DIARY

♪見上げてごらん夜の星を☆

見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光りが
  ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

 手をつなごう ぼくと 追いかけよう 夢を 二人なら 苦しくなんかないさ 


今夜、何気についていたテレビ番組で故・坂本 九の特集をやっていた。b0036381_1542227.gif
「九ちゃん」といえば私の世代は、その歌手としての絶頂期をリアルタイムで知っていることはなく、知識として「SUKIYAKI」(上を向いて歩こう)が全米No1ヒットに輝いたこと、そして何と言っても日航ジャンボ機事故で亡くなった人、という印象が最も強く残る人物ではないだろうか。あの時、社会人1年生だった私は自分のことだけ考えてるお気楽人生まっしぐらで、九ちゃんの追悼番組をおそらく見たと思うが、その人となりを深く追求することもなければ、彼の残した名曲の数々に思いを馳せることもなかったはずだ。

そんな私も四十路に入り、ちょうど長男が中学に入学したころ、人生の苦境に立たされることとなった。長く肝臓を患い、年に1~2回短期入院してはいたが元気だった母が、その春から長い入院生活に入っていた。「今回ばかりはいつもの入院とは違う・・・」 見舞いに行くたび不安になったが、それでも最悪のことは考えもしなかった。
考えたくなかったから考えようとしなかったのだ。

時を同じくして、私は中学PTAのコーラス部の勧誘を受け、軽い気持ちで入部した。「仕事をしてても大丈夫よ、練習毎回出なくても全然平気よ、楽譜見て歌っていいのよ」 この言葉に釣られ、フラ~っと入ってしまった。

週に2~3回は仕事の合間を縫って往復5時間かかる母の病院に行き、その傍らコーラス部の練習に出る、というなかなかハードな日々だったが、練習自体はとても楽しかった。
ところがある朝、連絡網が回ってきた。
コーラス部員のAさんの高校生になる息子さんが、バイク事故で亡くなったという。
「あなたはまだ入ったばかりで面識がないから、お香典は参加しなくていいわ。でもあなたと同じパートの方だから、今後会ったときそいういうことがあったと覚えといてね」  
ベテランの先輩がそう指示した。
せっかく高校生になるまで無事に育っても、そんなことってあるんだ・・・と漠然と思った。

さて、その息子さんのお葬式直後の練習に出たが、どことなくみんな沈んでいる気がした。そんなムードを吹き飛ばすように指導者のBさんが明るい声を出した。
「じゃあ今度の曲は 『見上げてごらん夜の星を』 です!」
前回の練習でもフツウに歌った曲だった。
ところが、今回はわけが違う。
「夜の星」 「小さな星」 「ささやかな幸せ」 「名もない星」 「祈ってる」
1つ1つの言葉が、その場にいた全員の心をヒットした。
この曲自体はラブソングなのだろうが、なんというかタイミングが良すぎたというか悪すぎた。
Aさんとも息子さんとも面識のない私が「なんだか泣けちゃう…」と思ったときには、もうみんな泣いていた。
歌詞というものが、こんなに心に迫るものだということを初めて知った。

さらに、その日はハードな曲が待っていた。
「千と千尋の神隠し」の主題歌「いつも何度でも」の楽譜を渡された。
この曲はテレビでもよく流れていたので聞き覚えはあった。が、歌詞を見て愕然とした。
そのときの私にはつらすぎる内容だった。

1 呼んでいる 胸のどこか奥で  いつも心躍る 夢を見たい
  かなしみは 数えきれないけれど  その向こうできっと あなたに会える

  繰り返すあやまちの そのたび ひとは  ただ青い空の 青さを知る
  果てしなく 道は続いて見えるけれど  この両手は 光を抱ける

  さよならのときの 静かな胸  ゼロになるからだが 耳をすませる
  生きている不思議 死んでいく不思議  花も風も街も みんなおなじ 

2 呼んでいる 胸のどこか奥で  いつも何度でも 夢を描こう
  かなしみの数を 言い尽くすより  同じくちびるで そっとうたおう
  
  閉じていく思い出の そのなかにいつも  忘れたくない ささやきを聞く
  こなごなに砕かれた 鏡の上にも  新しい景色が 映される

  はじまりの朝の 静かな窓  ゼロになるからだ 充たされてゆけ
  海の彼方には もう探さない 輝くものは いつもここに
  わたしのなかに 見つけられたから


おそるおそる歌う私に、病院のベッドに力なく横たわる母の、土気色の顔がフラッシュバックされた。
「さよならのとき」 「ゼロになるからだ」 「死んでいく不思議」 「閉じていく思い出」・・・・・
当時の私が一番恐れていたこと――母との永遠の別れをこの歌詞は示唆しているかのようだった。2回目は、とても歌えなかった。私はバッグからハンカチと携帯を取り出し、音楽室から飛び出して人目につかない廊下でむせび泣いた。

「ゼロになるからだ」という言葉が、特に胸に刺さった。
2番では、そのゼロになるからだを「充たされてゆけ」と歌っている。
最後の方は、悲しみというよりは希望を見出したような表現になっている。
が、とにかく私には辛かった。今でもこの曲は歌えません。
母のからだは半年後、抜けるような秋晴れの日にゼロになった。

作詞者(覚 和歌子さん)は、何を意図して「千と千尋の神隠し」の主題歌をこの内容にしたのだろう?宮崎アニメに興味がなく、この作品もテレビでざっと見ただけの私には、よくわからないのです。

さて、冒頭の九ちゃんの番組に戻るが、彼のお母さんも彼が23歳くらいで歌手として絶頂のときに亡くなったそうだ。コンサートが始まる直前に母の死を知らされた彼だが、気丈にもあの人懐っこい笑みを浮かべながら2時間歌いまくり、最後のアンコール曲が「上を向いて歩こう」だったという。

上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
思い出す 春の日 一人ぼっちの夜

幸せは 雲の上に 幸せは 空の上に

泣きながら 歩く  一人ぼっちの夜
  
悲しみは 星のかげに 悲しみは 月のかげに

上を向いて歩こう  涙がこぼれないように
泣きながら 歩く 一人ぼっちの夜 一人ぼっちの夜


いやあ、これはキツいでしょう。
番組内の再現フィルムでも、九ちゃん役の人(よく似ていた)が、涙を流しながら笑みを浮かべて歌っていた。
この曲の「涙」の意味はいろいろにとれるけど、しみじみと味わい深い、いい曲だなと思う。そういう昭和の歌謡曲の良さを知ってる、最後の世代なのかな、私の世代って。

そして、この番組を見て坂本九氏は享年43歳だったと知った。
今の私と同じじゃない!
そんな若くして亡くなってしまったのか。もっとやりたいこと、いっぱいあったでしょうに。。。とあらためてその死を惜しむ気持ちになった。
そして、はたと気づく。
私は生きているんだ、生かされているんだ、と。
世の中に、どれほど多くの「生きたかったのに、生きられなかった命」があることか。
バイクの少年も、私の母も、有名人の九ちゃんも。
その時々の「平均寿命」まで生きられることが幸せな人生だと仮定するならば、人間は有史以来何千万、いや何千億の人々が無念の死を遂げていることだろうか。
生かされていることに感謝しなければ、と今さらながら思う。
九ちゃんの歌を聞いていろいろ思い出し、そんなことにふと気づかされた夜でした。

コーラスの練習、サボってないで行かなくちゃ・・・・・
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by gbsatomi | 2006-06-08 02:01 | DIARY

兄弟【Part3 ―夜遊びで遭遇した大火球―】

3月29日午後8時24分ごろ、関東地方から東海地方にかけて「大火球」が見えたらしい。

火球とは(日本流星研究会HPより)
b0036381_130081.jpg流星の中で特に明るいものを『火球(かきゅう)』と呼びます.判断基準は,諸説ばらつきが有るのですが,ここでは-3等級以上としています.夜空の全ての恒星より十分明るく,木星より明るいと認められる光度です.火球の中には,昼間見られるほど明るいものや,隕石落下に至るもの,飛跡に沿って長い時間光跡が残る(流星痕)もの,音を伴うものなど興味深い現象も含まれます.

その日のうちにNHKニュースなどでとりあげられたらしいが、翌日には主だった報道もなく、新聞にも載ってなくてがっかりした。それほど珍しいことではなかったのか?
我が家では運良く次男がそれを目撃した。
彼は―本当に運がいいというのか―たまたま「夜遊び」をしていた。
そこで、私にエライ剣幕で怒られたのだ。

現在春休み中の新中学2年生たちは、部活が終わったら暇をもてあましている。
先日も部活のない日に、わが次男を含む「悪ガキ軍団」はディズニーシーに行ってきた。
次男は、私の大反対を押し切って行ったのだ。(小学校卒業時と、中1の夏休みも友達同士で行っている。あのように1日軽く1万円もかかるところは、中学生が頻繁に遊び場とするのはふさわしくない、というのが私の持論。近いと言っても自転車で行けるような距離でもない。(浦安市→千葉市)おまけに閉園までいるというので、帰りが遅くなる。どうしても行くなら、ママはお昼代1000円しかあげないよ、と言ったら『いいよ』と言ってお年玉でまかなったようだ)
朝、4時半に家を出て、帰ってきたのはなんと翌日の0時20分だった!

そして、大火球が出現した29日も、午後6時前にその悪ガキ仲間が、ピンポーン、とインターフォンを鳴らして誘いに来たのだ。
「ちょっと走ってきていい?」と次男は私に聞いた。
野球部仲間たちと、家の前にあるグラウンドを走るのだ、と私は信じて疑わなかった。小学校の頃からよくしていたことだ。「いいよ」と即返事。
30分もしないうちに「腹減った~!」と言って帰ってくるはずだ。
そして「ごはん、まだ~?」と急かされるのだ。それが日常だった。

ところが、ディズニーシーでヘンな免疫がついたのか、7時になっても8時になっても9時になっても帰ってこなかった。
お金も持たず自転車で飛び出したのだから、お腹がへっているに違いない。
人一倍食いしん坊のくせに。
何か、悪い子たちにからまれたりしてないかしら。
私はイライラしながら、高校入学前の長男にガミガミと愚痴った。
次男を連れ出した仲間は、夜遊びは日常的、という子が多い。
私が、夜運転していると、自転車で家からずいぶん離れた場所をふらふらしているのを目撃するような連中だ。
お母さんたちも、何も言わないらしい。
「もう、まったくあんな子たちとつきあうから、○○(次男の名前)はあんなになっちゃって、ママが心配してるって思わないのかしら!」
「あいつはあいつなりに考えて友達づきあいしてるんだよ」
と長男はわかったように言う。
(あなたも考えてうまくしなさいよ・・・)私は心の中でつぶやく。

次男はようやく9時半に帰ってきた。
「どこにいて何してたの!?こんな時間まで!!」
「T大運動場で走ってた」
「えっ?あんなところで。それにしても、3時間以上も走ってたわけないでしょ!後は何してたの!?」
問いただすと、そのT大運動場の前の道路や、コンビニ駐車場でたむろってたらしい。他の子はお金を持っていて、次男だけ持ってなかったようだ。
私の説教はヒートアップした。
「ママに連絡しようと思わなかったの?」
「だって携帯ないじゃん」
「だったら、途中で『オレは帰るよ』って帰ってこなきゃダメでしょ!」
「何時までに帰ればいいんだよ?」
「そんなの常識で考えたらわかるでしょっ!暗くなる前に帰るのよ、当たり前でしょっ!!」
「いい!?こんなことするんだったら、もうあの子たちと付き合うの、やめなさい!うちは、子供が夜ふらふらほっつき歩くことを認めるような教育方針ではありませんっ!」
「はいはい、わかりましたよ」と人をバカにしたように言う。
まったく、腹が立つ。

ご飯も求めてこなかったが、(出してくれないと思ったのだろう)せっかく作ったし、お腹はぺこぺこのはずなので、鬼の形相から普通の母に戻り、ご飯の用意をする。
「明日も部活でしょ!食べたらさっさとお風呂に入って寝なさいよ!」
b0036381_139523.jpg

「隕石か何かが落ちたんだ!飛行機よりすごく速くて真っ赤に光ってて、とにかく凄かったんだ!」
就寝前に、彼はそのことを初めて話した。ようやく怒りがおさまっていた私は
「へえ~、それはきっと『火球』ってやつよ。ほら、ママが前にしし座流星群みたとき、赤くて特大の流れ星見た、って言ってたでしょ、そういうものだと思うよ」
それにしても、特に空を見ていたわけじゃない次男たちが、揃って「すげえ!」と叫んだというからよほど光ったに違いない。

ちょっと気になって、PCを開け天文や気象に関するサイトをのぞいてみた。
――掲示板がすごい騒ぎになっていた。
UFOだとか、人工衛星の再突入とか、飛行機の墜落とか、テポドンとか言う人も・・・とにかく明るく大きく、度肝を抜くものだったらしい。
もうちょっと専門的なサイトを探した。
「こんな全天を縦断する大火球を肉眼で見たのははじめて」
「夢か、と思うほど衝撃的な出来事」
「30年間の天体観測歴で最も驚くこと」
などなど、やはりただものじゃない大火球だったみたいだ。

なんと、動画もUPされてた。

こういうのも。
あーあ、私も見たかったなあ。
天文ファンというのはおこがましいが、天体観測はかなり好きなのです。

しかし、さんざん怒られるようなことをしたときに、こういうものを目撃できる次男って、いったい何なの?
我が子ながらなんだかうらやましくなった。
彼は幼いときから、おとなしくまったく手のかからなかった長男とは正反対の性格だった。
その長男でさえ、思春期に入ると私にさんざん手をかけさせるようになってしまった。
次男もまた、長男とは正反対のことをしでかして、私を困らせてくれるにちがいない。
もういまから覚悟している。

でも、あの大火球を見れたら、遥かな宇宙に想いを馳せ、日常のささいなことなんて吹き飛んでたかもしれない。子育ての悩みなんてちっちゃいちっちゃい、そんなこと。
b0036381_1371287.jpg

私たちは宇宙の塵、砂粒にも満たないような存在なんだから、ちょっとしたことでイライラしない、くよくよしない、悩まない。なんて思えたかも。
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by gbsatomi | 2006-03-31 01:46 | DIARY


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