今日は特別な日

3月14日。
巷ではホワイトデーなどと言われているが、私にとってこの日はとても大切な日。
一昨年亡くなった、母の誕生日なのだ。

生きてたら今日で71才。
再選された、千葉県の堂本知事(72)と同年代。4年前、堂本さんが68才で立候補すると聞いて、「ほぼ同じ年でも、元気だなあ」と感心したものだ。母がだんだん弱ってきた頃だった。

2003年10月9日。奇しくもジョン・レノンの誕生日に母は逝った。
澄み渡る青空の、素晴らしい秋晴れの日だった。前夜は中秋の名月がこれまた美しく、夜空にくっきりと浮かんでいた。
地下の霊安室から母の遺体につきそって寝台車で出てきたとき、まぶしいくらいの陽光が射してきた。3時間ほど前に母を失った私は茫然自失だったが「太陽みたいだったママらしく、こんな日を選んで逝ったのかしら」と、ぼーっと考えた。

その年の4月頃から母は入退院を繰り返していた。
私は往復5時間かかる病院まで、可能な限り通った。
私が行った日はたいてい具合がよかったので私の仕事は看病じゃなく、話し相手だった。
6月頃、たまたま私が病院にいるときに母の容体がとても悪くなった。入院していてもいつも明るく元気だった母の、その衰え様を目の当たりにして、私は恐れおののいた。母が落ちつき寝入ったのを見届けて、トイレに駆け込んだ。涙がとめどなく溢れ、声を殺して泣いた。マスカラもアイシャドウも全部流れ落ちてしまった。この時以来、現在までマスカラはウォータープルーフのものしか使えなくなった。ドライアイだった目は、いつも涙で潤うようになった。ちょっと乾き気味だな、と思ったら母のことを考えたらすぐに潤ってくる。小説やドラマで、子どもを亡くした母親などのセリフで「あの子のことは1日たりとも忘れたことはありません」というのがよくあるが、私も母のことを思い出さない日は本当に1日もない。いいトシになってるのに、幼い子どものようにいつまでもメソメソしている。

その「メソメソモード」は1人でいるとき、突然やってくる。
困るのは車を運転しているときだ。一度そのモードに陥ったらしばらくは修復不可能。夜の運転中など、街灯の光が涙のせいで長く尾を引き、視界の悪いこと。このときは恐怖を感じる。
台所でお料理しているときにも、よく陥る。あるとき、敏感な次男が「ママ、たまねぎ切ってるの?」と聞いてきた。私がしくしく泣いているのに気づいたらしい。
そして生活習慣で最も変わったことと言えば、母の死以来、夜にお風呂に入れなくなってしまったことだ。
私はいつも長風呂で、ゆったり入るのが好きだが、そうすると思い出すのは母のことばかり。「今日はママのこと考えるのをやめよう」と決心して入っても、どうしても思い出してしまう。当然悲しくなる。だから、夜は疲れにまかせて寝てしまい、朝、子どもたちを送り出した後あわただしくお風呂に入る習慣がついてしまった。朝なら忙しいので、余計なことを考えずにさっさと入れるから。

こんな私だが、息子たちの前では涙を見せない強い母を気取っている。
母が逝って1ヶ月たった頃、長男の誕生日がやってきた。
初孫だった長男を母はことのほか可愛がっていた。
「もうすぐこうちゃんのお誕生日ね。今年は何にしようかしら」と、その時期になるとウキウキした声で電話してきた。その長男の13才の誕生日に、母からのプレゼントはもう届かなかった。一番のお気に入りの孫に、どんなにあげたかったことかと思うと、突然「モード」がプッツン!と切れた。「号泣」のお手本のように、ワーワーと泣いてしまった。そんな私を見て、中1と小5の息子たちは、もうどうしようもないほど困った顔をしていた。泣きながらも、「もうこんなにこの子たちを困らせてはいけない」と強く思った。だから、彼らの前で母の思い出話をするときはいつも笑顔で明るく話す。まさか、彼らは、私がいまだに毎日メソメソしているだなんて想像もしていないだろう。

臨終の際、病室にいた女性は私だけだった。父、兄、私の夫、息子2人。兄の妻と娘は駆けつけられなかった。モニターの数値がだんだん下がり、0をずーっと示すようになると医師が脈をとって、腕時計を見る。「○時○分、ご臨終です」まるでドラマの1シーンのようだった。しかし沈着冷静な私の実家の男たち(父と兄)はドラマのように、ワーっと声を上げて泣くような真似はしない。主人も息子たちもベッドから離れたところで立ち尽くしている。母の傍らで泣いているのは、私だけだった。一緒に泣いてくれる親族の女性がいてほしかった。

一つ不思議なのは、危篤の知らせを受けて早朝家を飛び出した時から一場面一場面を全部覚えていることだ。
年々モノ忘れがひどくなっていく脳細胞だが、病院にかけつけるまで、それからのこと、あらゆるシーンがしっかり脳裏に刻まれていて離れない。これも一種のトラウマというのだろうか。

亡くなってから一連の儀式のなかで、一番つらい瞬間はやはり火葬の瞬間だと思った。通夜が終わり、慌しく翌日の告別式の準備をしながら、私はほぼ一睡もせず母への手紙を書いた。これを棺に入れて一緒に焼いてもらおう。そう思って、その時の思いのたけを便箋6枚にびっしり綴った。いろいろ段取りするなかで、母に聞きたいことがいっぱい出てきた。「ねえ、ママ。どうすればいい?どうしてほしい?」しかし母は静かに横たわっているだけでもう口を開くことはない。手紙には、そのとき母に聞きたかったことをいっぱい綴ったが内容についてはほとんど覚えていない。そして手紙に添える、天国に持っていってもらいたい写真をあれこれ探した。この手紙は、私の神経を鎮める予想外の効果があった。母が焼却炉に入れられてしまうときも、乱れることなく耐えられたし、一番ショッキングな瞬間―お骨になって出てくるとき、衝撃が走ったが、やはり泣き乱れることなく対処できたのだ。
斎場の係員が、これはどこの骨、この人はまだ若かったので、骨の量が多いですね、もっと高齢だとこの半分くらいしかないんですよ…などと説明しながら骨壷に骨を入れていく。そのとき、5ミリ四方くらいの骨のかけらが私の前、手の届くところに飛んできた。
「このかけらがほしい」と反射的に思った。でも、そんなことをしてはいけないのだろうか、またはこの係員が最後にこれも骨壷に収めてしまうのだろうか、との思いがよぎった。一連の仏事は、経験のない私には全くわからない。「どうしよう…」しばらく迷ったあげく、思いきってそのかけらをつまみ、素早くポケットにしまった。係員は見てみぬふりか、何も言わなかった。例え5ミリの骨のかけらでも、母にそばにいてほしかった。今でもそのかけらは私のお守りとなっている。

私たちは、よく言われる「一卵性母娘」とは違い、わりとさっぱりした関係だった。あまりべったりした仲ではなく、お互いかなり独立性を保ってそれぞれの世界を楽しんでいた。離れて暮らしていたので、母が亡くなっても私の日常生活はなんら変わるものではなかった。
しかし、ちょっとしたことを話したいと思って電話しようにも、もう母はいない。これだけ通信手段が発達し、世界中どこでも、南極でも、ロケットで宇宙に行った人とでも通話ができるというのに、天国に行った人とだけはどうしても話すことはできないのだ。
早く母に会って話がしたいなあ、と思う。私の数年前にやはりお母さんを亡くした親友は、仏壇を拝むとき「ママ、私が死ぬ時は絶対迎えにきてね」と言うと聞き、私もまったく同じだったので驚いた。

入院中に母がぽつんと「ママはなんでも1人で耐える運命なんだわ…」とつぶやいたことがある。2歳で実の母と死に別れ、祖母に育てられた母は10歳くらいで1人田舎に疎開に行かされ、辛い目にあったそうだ。
結婚してからはきょうだい中でただ1人、転勤族の妻として、見知らぬ土地を転々とし、たくましく生きてきた。
「なんでも1人で耐える運命」。
私には娘も姉妹もいないので、何かにつけて母のこの言葉を自分にオーバーラップさせてしまう。

早く母と話がしたいが、息子たちが私を必要とする間は、がんばらなくてはいけない。母は死んでからも、私のことをずっと心配していると思う。それだけ親不孝な娘だ。せめて母の誕生日である今日だけでも、心穏やかに過ごしたかった。

ママ、もうすぐけんちゃんは小学校卒業だし、お兄ちゃんはこの土曜日、転勤で大阪に行ってしまうのよ。いろんなことが交差する早春。ママの誕生日なのにゆっくりお祝してあげられなくてごめんね、と親不孝娘は今日、母の遺影に向っていつものように謝った。

(今日はごく私的なことを書いてしまいました。今後、更新をまめにするためにも日記形式にしようと思っています。よろしくおつきあいください。
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by gbsatomi | 2005-03-14 23:14 | DIARY


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